Pensée Talk #3

奥正之(株式会社三井住友 フィナンシャルグループ 名誉顧問)×大田弘子(GRIPS教授、内閣府「規制改革推進会議」議長)

 (2019年2月7日発行「Pensée(パンセ)」より)

 

第3号では、三井住友フィナンシャルグループ名誉顧問である奥正之氏にお話を伺いました。FinTechやAIといった新しいテクノロジーが金融業界に与える影響や、変わりゆく世界経済において日本の産業界全体に求められる取り組みについて、大田弘子教授と意見を交わしていただきました。

  

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経済成長はボリュームの時代から質や革新性を追求する時代へ

 

ー金融における様々な変化が、世界に大きな波を起こす一つの要因になっています。リーマンショック以降の日本経済や世界経済をどのようにご覧になっていますか。

 

 2008年のリーマン・ショックは、もちろん金融業界に大きな影響を及ぼしましたが、それ以上に一般産業、特に輸出型産業への影響が大きかったと考えています。それにより日本の経済力は一度ガクッと落ち込んでしまった。その後2011年には東日本大震災も起こりました。翌年2012年に政権が代わり、為替で円安への動きが出てきて、ようやく経済の再成長への道ができてきた。アベノミクスにおけるデフレからの脱却、そして雇用の状況改善については、略々目処がついてきたのではないでしょうか。

大田 先進各国は金融緩和によってリーマン・ショック後の異常事態を乗り切ってきましたが、現時点で最大の問題は「世界経済のエンジン」となる国や地域が見当たらないこと。先進国・新興国共に、生産性の伸び率がリーマン・ショック以前よりも落ちてしまっています。日本では、以前から生産性の低さが課題であったことに加えて、高齢化の問題がいよいよ深刻化してきています。

 社会保障費や、先送りしたかたちの消費税などの課題を抱えています。財政問題は日本にとって大きなテーマですね。

大田 確かに日本は、円高とデフレの悪循環を脱することはできました。しかし、例えば5年先がどうかと考えると、まだまだ厳しい状態にあります。

 日本の置かれている状況を、どのような基準で捉えるかによっても変わってきますね。個人的には、少子化による人口減少が続く中、GDPが何%成長だとか何百兆円に届かないから駄目だといった、従来のようなボリュームを追求する時代ではなくなってきたと考えています。もっとパー・キャピタベースで、個人の所得上昇や生活環境の改善といった部分を見るようになるのではないでしょうか。ただこの観点でも、所得格差拡大の問題には何らかの解が要るでしょう。

大田 私は「新しいものが生まれてくる経済かどうか」という点に注目したいと思っています。2017年頃からの大きな転換として、これまでにないフェーズのデジタル化が身近なところに浸透してきたことが挙げられます。今や、世界の3分の1の人がインターネットでつながり、AIやIoTといった言葉も日常語になってきました。新たな技術やビジネスモデルが生まれる速度が速いだけではなく、それが普及するスピードもきわめて速い。私は規制改革を担当していますが、日本はこのような変化に対応して規制や制度を変えていくことが苦手という点で、個人的には将来に危機感を抱いています。

 

FinTechの影響は金融全体で見れば一面的。

 

ー技術革新においては、中国におけるキャッシュレス化のように、新興国のほうがリープフロッグ*してこれまでにない取り組みを実現する例もあります。金融業界では、AIやIoTといった技術の影響をどう受けるのでしょうか。

 

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奥 過去にも金融・銀行業界は、様々なテクノロジーを活用してきました。東京オリンピックの頃は、人手のかかる事務プロセスの「省力化」のためのメインフレーム・コンピュータ化、90年代は「リスク管理」のためのサーバーコンピュータ化。そして現在は、判断を含む業務自体にテクノロジーを使おうとしている。それぞれの時代のフェーズごとに、テクノロジーを用いる「目的」が変わってきているんですね。

FinTech(ファイナンス・テクノロジー)の「ファイナンス」という言葉は、ラテン語の「フィニス(finis)」から来ているそうです。これは「end」ということですが、「終わり」ではなく「目的」を意味している。目的を達成するためにいかに金融を扱うか、というのがファイナンスの本質なんです。銀行にのみ認められている金融機能として「預金」業務があり、それが「信用」の根幹を形成しています。しかし、それ以外の「貸金」「送金・決算」業務では、原則他業態でも取り扱うことができる。このエリアが今、金融・銀行業界を巻き込んでいるFinTechの対象分野なんですね。

 

ーいわゆるFinTechと呼ばれる新たな仕組みが導入されると、銀行は相当の人員削減が必要だとも言われています。今後どのような取り組みが求められるのでしょうか。

 

 まず「FinTechが銀行を駆逐する」「AIが銀行員の仕事を奪う」という意見は、一面を捉えてはいるけれど、全体を捉えているとは思っていません。これまでの銀行のビジネスは、個人も法人も、老若男女問わず、みんなに一定の幅広い金融サービスをお届けするものでした。それに対して、昨今のデジタル化から生まれている新しいサービスは、特定の分野において、特定の人に、特定のサービスや商品を届けましょうというものです。従来の銀行のビジネスの全体が置き換えられているわけではなく、よりきめ細かいサービスの提供がデジタル化によって可能になると見るべきでしょう。ですから銀行としては、むしろ積極的に取り入れていくべきです。しかし、AIを取り入れても使うのはやはり人間です。最終的な判断業務は人間がしますから、人間とテクノロジーは共存できるし、効率性やシナジーを高めるためにも使っていくという姿勢が必要でしょう。その意味でも、大田先生が進めている規制改革推進会議では、FinTech等による金融サービスの多様化について大いに議論していただきたいですね。

 

*テクノロジーを活用することで、段階的な発展を飛び越え、一気に最先端技術の導入に至ること。

 

日本の産業界に求められるチャレンジを認める度量

 

ー金融や銀行に関わらず、日本の産業界が新しいものを取り入れるためのポイントはあるのでしょうか。

 

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 私は、まずは「あなた、やってみなさい」と任せてみて、ある程度の問題が見えてきてから対策を講じていけば良いと思います。これにはある種の我慢や度量が必要になりますが、日本は明治以来ずっと大陸法系の法制下でやってきたことから、法規制が先にありきという考えが染み付いてしまっている気がします。

大田 仰るとおりです。日本では「まず、やってみよう」ということがとても難しい。一度決まったルールを変えるのは大変で、規制改革にも、大きなエネルギーと時間がかかります。柔軟に変えることが難しいと、イノベーションは阻まれます。加えて、今、デジタル化によって産業構造が大きく変わりつつあります。製品やサービスがビジネス要素ごとに分解されて、そこに多様な事業者が参入しています。例えば、銀行のビジネスは、預金、貸出審査、決済、送金などの要素に分解されて、新規参入者が入ってきている。出版でも、著者が書いて出版社から取次を経て書店から読者へ、という縦型の構造が崩れ、ネットで作品が流通したり、多様な主体がコンテンツの提供者になったりしています。つまり、産業構造が横割りになると同時に、産業の垣根が崩れ、新たなビジネスが登場してきている。話題のシェアリングエコノミーでも、Airbnb(エアービーアンドビー)のようなプラットフォーム事業者の役割が重要です。しかし、日本の規制は業種ごとに細かく分かれた「業法」に拠っているので、こうした変化に対応しにくいのが現状です。技術の変化に、制度や規制の改革が追い付いておらず、これでは新たなビジネスの可能性が阻まれてしまいます。

 そうですね。例えば金融と非金融の融合のように、業種を超えたところで新しいものが生まれる可能性はたくさんあるはずです。日本では業種間でお互いの価値や利用の仕方を理解できずに放っておかれている部分でも、海外では多くの取り組みが生まれていますから。

大田 スタート直後からグローバル展開できるのがデジタル化の特徴ですからね。日本でも、メルカリのように不用品売買の魅力的なプラットフォームで海外進出している例はあります。ただ、規制や制度が絡む領域で、どれだけイノベーションを起こすことができるか。これは日本にとって非常に大きなチャレンジだと思います。

 

ーもはや産業界は、日本国内だけで勝負するのではなく、世界中全てが競争の場になっています。

 

 単に輸出するだけではなくて、海外M&A・現地生産や配当収入を得るなど、産業自体がかなりグローバル化してきています。業績が資源価格に大きく左右される資源系の商社などが、どのように事業を安定化させていくかを考えるように、既に海外にウェイトを移し換えている企業も多く現れています。

大田 企業のグローバル化は格段に進みましたね。グローバル化が遅れていた外食・小売業などでも、最近はアジア進出が増えてきました。サービス産業や農業はもっと海外展開できると思いますよ。舌や目の肥えた日本の消費者に鍛えられていますから。

 

様々な課題に直面する日本の姿から学べるものがある

 

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ーGRIPSの学生のうち、3分の2は海外から来た留学生です。彼らにどのような観点をもって学び、卒業後はどのような視点を持ってほしいと思われますか。

 

大田 授業で日本経済の課題を取り上げると、留学生たちからは「なぜ解決できないのか」という質問が来るんです。未整備のインフラ、大きな所得格差、不十分な教育といった問題を抱える彼らの母国に比べれば、日本の問題は解決できるはずだと感じるのでしょう。その通りではありますが、彼らには、経済の成長段階での政策のあり方だけではなく、成長後に政策を変革する難しさも理解してほしいと思っています。とくに、アジアの多くの国で今後高齢化が進みますから、高齢化の先進国として日本が答えを見つけようとしてる姿を見てほしいし、一緒に考えてほしいですね。

 

 2017年の初めに『マッキンゼーが予測する未来』という本が出版され、そのなかで四つの指摘が挙げられていました。一つめは、経済活動の重心の先進国から新興国への移動。データで見ても、10年前は3.8倍あった新興国と先進国のGDPの割合が、2016年には1.5倍まで縮まっています。二つめがグローバルベースでの高齢化の問題。三つめは加速化するデジタル化を中心とした技術革新。そして最後が、人・モノ・カネ・情報・サービスのグローバル化です。この四つは相互に関係していて、特に新興国では一気に加速していくでしょう。留学生の皆さんには、課題先進国を自認しつつもなかなか解決のために苦闘している日本の状況や戦後の民主主義の軌跡を見てほしいです。

 

ー日本人の学生に対してはいかがでしょう。

 

大田 残念ながら、留学生のほうがずっと元気なんですよね。日本人は細かい事を気にしすぎているように感じます。せっかく50近くの国々から学生が集うGRIPSで学ぶのですから、多様性の持つエネルギーを肌で感じて、十分に吸収してほしい。そして自らもどんどん発信していってほしいですね。

 これまで日本が海外から学んできたことは、どちらかといえば欧米寄りでした。しかしこれからは、新興国の若い人々を通じて学ぶことや感じることが増えてくることは間違いないでしょう。

大田 同感です。直接触れ合ってお互いを知ることは重要です。GRIPSの貴重な環境を活かして積極的にコミュニケーションをとり、ネットワークをつくってほしいです。

 

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OKU Masayuki / 奥 正之

京都大学法学部卒業。1968年住友銀行入行。三井住友銀行頭取、三井住友フィナンシャルグループ会長を経て、現名誉顧問。全国銀行協会会長、日本経済団体連合会副会長などを務めた。

 

 

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Host

OTA Hiroko / 大田 弘子

一橋大学社会学部卒業。2001年GRIPS教授。その後内閣府に出向し、民間人閣僚として経済財政政策担当大臣を務めた。2008年GRIPS復帰。2016年、内閣府「規制改革推進会議」議長に就任。

 

 

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Host & Facilitator

TANAKA Akihiko / 田中 明彦

東京大学教養学部卒業。1981年マサチューセッツ工科大学政治学部大学院卒業。2017年4月よりGRIPS学長。東京大学副学長、JICA理事長などを歴任。専門分野は国際政治学。

 

 

 

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