Pensée Talk #2

国谷裕子(国際連合食糧農業機関 親善大使)×田中明彦(GRIPS学長)

 (2018 年10 月10 日発行「Pensée(パンセ)」より)

 

第2号では、キャスターで、国連食糧農業機関(FAO)の親善大使などを務める国谷氏にお話を伺いました。世界共通の課題として国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)の取材や啓発に尽力されている国谷氏が考える、課題解決に向けた取り組みや政策について、田中学長と語っていただきました。

  

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SDGsの取り組みが自治体でも盛り上がりを見せている。

 

ー国谷様は、2015年の国連創設70周年総会の取材や、SDGs採択に尽力されたアミーナ・モハメッド氏との対談などを通じて、SDGsへの興味を深められたと伺いました。現在はどのような取り組みをされているのでしょうか。

 

国谷 番組を離れた直後から、SDGsの取材・啓発活動をしています。ある新聞社の調査では、国内でSDGsを知っている方は12~15%程度だそうです。一般の方々の認知は、まだそれほど高くはありません。

一方で、最近はSDGsに関する企業の動きが活発で、2年前には想像もできなかったくらいの勢いがあります。自治体でも動き始めているところがあり、情報を追いかけるのが大変なほどです。良い取り組みやモデルは、積極的に取材しなければ伝えることができませんから、情報収集や勉強は欠かせません。FAOの親善大使を務めているので、食料問題や農業問題に触れる機会も多いです。慶應義塾大学の特任教授として、学生たちと一緒に自治体に入り、課題解決のあり方を一緒に模索する取り組みも行っています。

 

自治体ではどのような動きがあるのでしょうか?

 

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国谷 人口減少は、多くの自治体で悩んでいる最たるものです。SDGsアワードを受賞した北海道の下川町では、市町村合併をせずに、森林という地元の資源を使いながら自立した循環型経済をつくる取り組みをしています。山の手入れをしながら木を育て、集成材や木炭を作ったり、チップを利用したバイオマスで熱を供給したり。地元の資源にこだわりコミュニティに収益と雇用をもたらそうという仕組みが、ようやく軌道に乗りはじめているんです。人口わずか3,400人ほどの自治体がどのように実現したのだろうと取材したところ、町の職員を積極的に内閣府や環境省に送ったり、技術面の課題は企業や研究者にアプローチしたりと、能動的な人々の姿が見えてきました。

一方で、ようやく話し合いが始まったという地域もあります。兵庫県豊岡市の高橋地区では、現在800人ほどの人口が、このままだと2050年には100人くらいになってしまう問題を抱えています。地区がなくなる危機感から、大学の教師や学生たちが入り地域住民と話し合いを始めました。私も参加しています。自治体によっては、外部の声が入ることで、住民たちが自分たちで地域の仕組みを考えてみようと動き出すこともあります。

田中 SDGs誕生の背景には、このような危機感と共に、「やればできる」という希望が生まれたことがあげられます。2015年までに世界が達成すべき目標として掲げられたMDGs(ミレニアム開発目標)において、極度の貧困の半減という目標が実現できる目処が立った。世界全体が協力することで、危機的な状況を解決できるのではないかと考えられるようになったのです。

SDGsのいいところは、包括的な内容であることと、取り組む人に「共通言語」を提供していることですね。それぞれの取り組みを比較可能にして、良い活動は一緒に学びあうことができます。自分たちの課題は世界共通の課題だという認識を持ち、解決方法を共有していけば、他の地域の課題解決にも繋がると期待できます。

国谷 17のゴールがあることで、対話がしやすくなりますね。「これが本質的な課題だ」と明確になり、議論が逸れずに済みます。

 

ー複雑な世界の課題は、一直線に解決することは難しい。

 

田中 2015年にSDGsが始まってから、良くなっていることと解決が難しいことの両方が現れています。ここ2、3年、世界の統計的に改善されているのは、新生児死亡率と妊産婦死亡率です。出産時に医師や看護師に診てもらえる人の比率は高まっています。一方で、飢餓の比率は少し上昇している。理由としては難民が増えていること、そして気候変動の問題などが考えられます。健康の分野ではマラリアも増加傾向にあります。以上、保健衛生のケースを例に挙げましたが、世界の問題は一直線で改善されるわけではありません。世界全体を常にモニターしていく必要がありますね。

 

ー国谷様はFAOの親善大使として飢餓などの食糧問題についても議論されていると思います。日本にはどのような役割があるのでしょうか。

 

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国谷 日本は食糧廃棄の量が非常に膨大です。年間2,842万tを棄てているうち、まだ食べられるのに棄てているものが646万tもあります。世界全体の食料援助量は2015年時点で約320万tですので、その2倍の量を食べられるのに廃棄していることになります。減少していた世界の飢餓人口は2016年に前年よりも3,000万人余り増え、8億人を超えてしまいました。そのなかで食料自給率38%の日本が、海外の水資源・土壌資源・労働力を大量に使っている食料を大量に廃棄してしまっている。この状況をどう見つめるかは大きな課題です。

一方で、農業や森林が気候変動対策に及ぼすことができる可能性が、改めて着目されています。土壌は炭素を閉じ込めることができますが、農業のやり方によっては閉じ込めている炭素を放出してしまっている。排出ゼロをめざしたり、再生可能エネルギーに変えていくことも重要ですが、農法の改革や森林回復など、大気中の二酸化炭素をもう一度自然の力を借りて吸着してもらうといったことを、併せて行っていくことも大事だと思います。

田中 SDGsは、多くの人、国、組織、企業、資源などを巻き込んだ運動として推進しなければいけません。人類の共通目標として、多くの人がその解決に向けて活動されていますが、効果が無かったり、あるいは、効果的だと思ったことが逆効果をもたらすこともあります。だからこそ、政策研究を行うGRIPSでは、どのような政策をとれば目標の実現に効果があるのかを追求しています。自然科学や工学の知見などを総動員したうえで、どのような社会政策ならばうまくいくのかを研究し、研究成果を社会に共有していく。政策のあり方を社会へインプットすることも、GRIPSの大きな使命だと思っています。

 

政策研究の手腕が問われる課題解決過程での利害対立。

 

国谷 ESG投資が注目を集めるなか、投資家もどこに投資することが、ビジネスと同時に課題解決にも繋がるのか模索しているように思います。インセンティブをどう作っていくか、ペナルティをどこに課すかは、政策の大きなカギです。例えば、海洋投棄されるプラスチックの問題に対して、ノルウェーでは飲料水のペットボトルに課金制度を定め、消費者がペットボトルを返却するとお金がもらえる仕組みと、販売した企業にはペナルティを課す仕組みを作りました。この企業のペナルティは、販売したペットボトルの98%を再生すればゼロになります。消費者への返金制度と、企業へのペナルティのおかげで、今ではペットボトルが50回も再利用されているそうです。

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田中 どのようにインセンティブとペナルティを与えるかという政策の成功例ですね。

国谷 一方で、電気自動車が普及しない理由のひとつとして、「外出先に充電スポットが無いこと」がよく挙げられます。充電設備はガソリンスタンドに設置できるのですが、ガソリンを販売している業者は、電気自動車が増えるとガソリンが売れなくなります。彼らには、充電スポットをつくるインセンティブが少ないと言えるのかもしれません。

田中 SDGsの課題解決においては、まさにそのような利害対立が存在します。目標には多くの人が合意するけれど、そのプロセスでは利害対立が起こりやすい。利害対立がある前提で、どのような政策をつくるかが問われています。工学的、経済学的な解決策でカバーしきれない部分をどうするかは、ある種の政治の問題です。政治を取り込んだ形でどうするかは、政策研究をやる人間の腕の見せ所ですね。

国谷 パラダイムをどう変えていくか、大変にチャレンジングだと思います。

 

先進国と途上国で相互学習するパラダイム変換が必要。

 

国谷 SDGsの例を見ていると、途上国で最先端のことをやっていたり、先進国とは違った発想のアプローチをしていることがあります。

田中 従来は先進国が途上国に“教える”という発想が強かったのですが、地球全体の課題としてSDGsで比較すると、必ずしも先進国が優れているとは限りません。GRIPSでも留学生と日本人とが、地方の取り組みについて一緒に議論してもらうことは非常に有意義だと思います。

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国谷 島根県の海士(あま)町は、教育の魅力化という施策で人口減少に歯止めをかけようとしている地域です。取材で訪れたときにJICAの方がいらっしゃったので、「なぜこの地域にいるのですか?」と尋ねると、「この地域の取り組みは、アジアの国々の課題解決にも繋がる。ここは課題解決先進地だ」と話していたのが印象的でした。SDGsという見方をすれば、どこが途上国でどこが先進国かわからないですよね。

田中 私がJICAの理事長を務めていた時も、相互学習としてJICA職員が途上国に行き、良いものを日本に還元する取り組みを行っていました。途上国で経験したことで、日本の地方でも取り入れるべきだと考えられることはたくさんあるんです。だから、援助や開発協力と呼ばれているものも、少し発想を変えてパラダイム転換しなければいけない。共通の課題を一緒に解決していくことがSDGsです。

 

GRI PSのプログラムでも、イノベーションは課題のところで起こすという「インクルーシブ・イノベーション」に取り組んでいます。お話にあったパラダイム転換が、さまざまな分野におけるこれからのテーマになるのかもしれません。

 

GRIPSでの学びを通して、国や地方で変化を起こしてほしい。

 

ーさまざまな動きがあるSDGsですが、今後さらに注目していきたいテーマはありますか?

 

田中 私は「16.平和と公正をすべての人に」です。例えば、内戦をやめさせないことには他の問題も全く動かない。SDGsは全て大事ですが、特に国際政治に取り組んでいる人は平和構築を一生懸命やらないといけないと思います。関連する出来事としては、フィリピンのドゥテルテ大統領のおかげでバンサモロ基本法という法律が発効されることになりました。うまくいけば40年来の紛争が解消に向かうかもしれません。

国谷 「5.ジェンダー平等を実現しよう」は、日本が非常に遅れている課題です。例えば、人口減少地域では高等教育を受けた後に地域に戻ってくる女性が極めて少ないのです。理由は、地域ではまだ性別役割分担意識が強いところも多く、戻っても自分は活躍できないと思っていたり、自己実現の機会が少ないと思っているからです。人口減少に歯止めをかけ、地域の持続性を実現していくためには、ジェンダー平等が実現されなければならないと考えています。

 

ーGRIPSでの人材育成はどのようにお考えでしょうか?

 

田中 今年10月からGRIPSに入ってくる学生は全員必修で「世界とSDGs」という授業を受講してもらいます。学生の多くは地方自治体・中央省庁の職員や各国政府の行政官で、帰ったら国や地方の政策を行う人たちです。この人々に共通言語としてのSDGsに対する理解を深めてもらい、SDGsのどれを解決することが自分にとっての重要なミッションかということに気が付いてもらいたいと思っています。1年間自分の問題意識に基づいて色々研究してもらい、それをそれぞれの国や地方の政策に役立ててもらうということがGRIPSの役割。SDGsを通してそれぞれの行政を革新してもらいたいと思っています。

国谷 地方の行政官の方たちがGRIPSで学び帰って、色んなイノベーションやマインドセットの変化をつくってくれることを期待しています。

 


 

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KUNIYA Hiroko / 国谷 裕子

米ブラウン大学卒業。1993年から2016年までNHK総合「クローズアップ現代」キャスターを務め、数々の受賞歴を持つ。2017年5月より国連食糧農業機関(FAO)の親善大使。

 

 

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Host

TANAKA Akihiko / 田中 明彦

東京大学教養学部卒業。1981年マサチューセッツ工科大学政治学部大学院卒業。2017年4月よりGRIPS学長。東京大学副学長、JICA理事長などを歴任。専門分野は国際政治学。

 

 

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Facilitator
SUNAMI Atsushi / 角南 篤

GRIPS副学長、内閣府参与、笹川平和財団海洋政策研究所所長。

 

 

 

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