Pensée Talk #1

長谷川閑史(武田薬品工業株式会社 相談役)×田中明彦(GRIPS学長)

(2018 年3 月22 日発行「Pensée(パンセ)」より)

 

創刊号となる今回は、ヘルスケアの分野を中心に、国内外での経験豊富な武田薬品工業相談役 長谷川氏にお話を伺いました。中国が注目を集める世界情勢から始まり、今後の日本社会の展望、そしてGRIPSの果たす役割まで。グローバル化とダイバーシティ推進に尽力された長谷川氏が、今の世界情勢をどのようにご覧になっているのか、田中学長との対談を通じて語っていただきました。 

  

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世界で存在感を増す中国。成長はどこまで続くのか。

 

ー年初にイアン・ブレマーが「2018年の10大リスク」を発表しました。世界情勢を踏まえてどのようにお考えでしょうか。

 

長谷川 まずは、アメリカが中国やロシアを、手強いけれどうまくやっていかねばならない相手だと認識していることです。全体主義の国家がこれだけ素晴らしい経済成長を遂げて、先進国を遥かに凌駕する経済大国となっている。その影響で、「権威主義国家の方がうまくやっているじゃないか」という考えが蔓延していることはリスクだと思います。それらをどう建て直すのかは、ひとつのグローバルな課題でしょう。もうひとつはビジネス面で、とにかくテクノロジーの進歩が加速度的に進んでいること。IoTやAI、ロボティクスなどに代表される部門がどれだけ進歩していくのか。そして産業界や社会全体にどう影響を与えていくのかが、およそ計り知れない。最後に、超高齢化社会がやってくるということ。リンダ・グラットンによれば、2007年に生まれた日本人の子どもの半分は107歳まで生きるとされています。化石燃料や地球環境などさまざまな問題がありますが、どうやってそれらを調和させながら、いわゆるSDGsを実践してくかがテーマだと思います。
田中 仰っていただいたこと、私もそのとおりだと思います。まず中国の件に関してですが、世界的に見ると、国の民主主義的な度合いと一人あたりの生活水準はだいたい比例しています。民主主義的な国は、概ね所得水準が高くなるんです。
長谷川 過去は、ですね。
田中 はい。それがこの20年ほどで、民主主義でなくても生活水準が上がる国が顕著になってきました。例えば、シンガポール、サウジアラビア、ブルネイなどです。そのほとんどが小さな国々でしたが、いま、中国という巨大な国が民主化せずに生活水準を上げている。この現象には世界史的な意義があります。もしこのまま中国が成長を続けることができたら、経済的な生活水準を上げるために必要な政治体制とは何か、私たちは再考を迫られることになるからです。

 

ーロシアも重要なプレーヤーかと思いますが、どのように見ていますか?

 

pensee_1_1田中 ロシアは依然として、資源依存を越えた経済をなかなかつくることができていません。このあたりが中国との大きな違いですね。
長谷川 そうですね、決定的に違います。
田中 中国は資源依存というよりは製造業で、なんでもモノにする能力は恐ろしく速い。アメリカで次から次へと生まれてくるアイデアを具現化する能力において、中国の競争力はとてつもなく高まっています。これが将来的にどうなっていくのか。アイデアに関しても、中国の中から続々と生まれるようになるのでしょうか。
長谷川 中国では、アイデアも国内から生まれてくる可能性が高いと見ています。アメリカには世界中から年間108万人ほどが留学していますが、そのうち3分の1が中国人です。そしてPh.Dを取った人がアメリカの企業で働いたあと、どんどん中国へ帰っているんです。ですから、中国ではアイデアの面でもアメリカにキャッチアップする可能性が高いと思っています。
田中 中国の成功には、経済面でも政治面でも、指導層に有能な人を置いてきたことが大きな要因だと思いますが、それも継続できるのか。ある種の自由化を無しに、官僚的統治機構だけで優秀な人間を次々とリクルートしていけるのか。AIなどの分野でも、革新的な技術をつくるだけの自由を、どれだけ技術者に与えられるのかが気になります。
長谷川 そこは私も疑問ですね。私はサイエンティストではないのでわからないのですが、本当のディスラプティブ・イノベーションは、自由になんでも考えられる環境でなければ生まれないのではないかと思うのです。けれど、今の中国は必ずしも自由ではないのにイノベーションが生まれている。前例のないテーマですから、どう転ぶかわかりませんね。

 

ダイバーシティが、日本の課題解決の根底にある。

 

pensee_1_2ーでは、日本はどうなっていくのか。長谷川様は政府の産業競争力会議でもイノベーションの重要性を説いていらっしゃいましたが、日本、企業、大学と、いま振り返ってみていかがでしょうか。

 

長谷川 遅々として進んでいる、といったところでしょうか。進まないよりはいいですが、日本が進むよりも遥かに速いスピードで他の国々が進んでいますから、差は開いている。 

 

ーなぜ、遅々なんでしょうか?

 

長谷川 それはやはり、過去の成功にあぐらをかいているからです。その延長線で、なんとかなるという、根拠のないすがりつきがあるんですよね。リーダーの仕事とは、擬似危機を作ること。それを皆に示しながら、危機が訪れる前に準備していかなければいけないんですが、日本の国民に危機感があるとは思えません。企業や経営者であれば、ステークホルダーのために企業を持続させることが求められますので、それに必要なことは全てやると腹をくくることです。

 

ー大学に関しても厳しいご指摘をされていたと思いますが。

 

長谷川 日本の場合は、進学しても1年目に辞める人がたくさんいたり、定員が維持できていない学校があったりするので、進学率だけ増やしても仕方ない。就職率100%の高専を増やしたほうが、よっぽど日本らしくて良いんじゃないかと思います。技術や地方にフォーカスした大学と、世界のプレーヤーを育てる大学とに分けるにしても、今のままではうまくいかない。その共通の解決策の根底にあるのはダイバーシティです。もう日本人だけではだめなんです。
田中 ダイバーシティというのは非常に大事なことで、イノベーションや知識は限りなく自由な環境でしか伸びないと、私は思っています。そして切磋琢磨するためには、いつも同じ人といるより、普段は関わりのない人達と物事をやる環境が必要だと思うんですね。日本には私立国公立含めて800校ほど大学がありますが、その全てに当てはまるようなプランを作るのは難しいと思います。東京大学や京都大学のような巨大大学から小さい大学まで、全て一律でなんとかしようというのは、そもそも無理がある気がします。
長谷川 財政基盤が自立・確立できていないというのも欧米の大学との決定的な違いのひとつですね。アメリカでは資産を持つ人々の多くが、同様に寄付もたくさん行っている。そういうところからもイノベーションが起こっているんです。日本は日本流に、どうイノベーションを起こすか、日本に適したエコシステムをどうつくるかを考えて、実行しなければならない。例えば、大企業の資金を付けてスピンアウトして、5年間は外で試行錯誤してみる。もし成果が出なくても企業が救い上げてあげる。そのような取り組みも必要なのかもしれません。

 

イノベーションは人が集まる場所で生まれている。

 

長谷川 これから先の時代を考えると、少なくとも日本が強い分野のイノベーションについては、日本が一番だという環境と評価をつくっていく必要がある。ロボティクスやAI、ICT、ヘルスケアやバイオなどの分野では、少なくともアジアから優秀な人を集めなければならないと思います。
田中 あらゆる分野で全て優れている、というのは、今の日本では難しいですからね。そうなると、ある種の集積という考え方が大事になってきます。
長谷川 例えば、世界の薬のイノベーションは、ボストン、ケンブリッジで起きています。そこには世界中の優秀な人々が集まり、10キロ四方におよそ500社のバイオベンチャーがひしめいているんです。世界のイノベーティブな薬の6割以上は、そうやってアメリカが創出しています。
田中 グローバリゼーションが進めば距離は関係なくなるという考え方もできますが、実際にイノベーションが起きているところには、やはり人が集まっているんですよね。優れたアイデアが生まれるためには、人々がお互い自由に接触できる環境が大事だと思います。日本においても、研究者が集まれる場所や、社会政策・行政のなかには、世界でも優れているものがあると思います。科学と行政政策、社会政策、全てを組み合せたパッケージを提示していくことができれば、日本は良い社会をつくっているという存在感を世界で維持できると思います。

 

SDGs の拠点として、GRIPS が果たしていく役割。

 

ー日本の産業界はイノベーションの方向性としてSDGsを全面的に打ち出している。

 

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田中 SDGsというのは非常に包括的で、人類全体でこうしていきましょうと合意した画期的なゴールです。その実現は個別の知識だけでは足りないところがありますが、政府や日本の企業においても、かなりSDGsについて理解が深まっています。CSRではなく、企業の本業としてSDGsに取り組もうという考え方が深まっていることは大変歓迎すべきことです。

長谷川 その点では確かに急速な進歩ですね。例えば私が関与しているヘル スケアの分野でも、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの 関連のもと、かつては関与できなかったアフリカや中南 米における熱帯病(ネグレクテッド・トロピカル・ディジーズ)の解決策について、日本の企業と産業、それに共感 する財団などが、資金を集めて研究を支援・補助したりしています。

 

ー田中学長は、GRIPSはSDGsの拠点としてさらに積極的な役割を果たすと仰っています。

 

長谷川 当然そうあってほしいと思います。東南アジアで病院や地域医療を含めた総合的なヘルスケアのシステムをつくるとか、高齢化・過疎化が進行するならばコンパクトシティのモデルとなるとか、そういう分野で拠点となりうる、発信源となりうるものはいくらでもありますから。

 

ーGRIPSとしてSDGsをどう牽引していくかお聞かせ 願えますか。

 

田中 あぐらをかいていてはいけませんが、これだけ暮らしやすい社会をつくった日本の経験は、世界に提供で きる知識の源泉のひとつだと思います。ですからGRIPSでは、どのようなシステムをつくるのが良いかを、旧来の発想にとらわれず、未来志向で、分野を越えて、先生方には研究していただきたい。また、GRIPSの学生の3分の2は留学生ですが、その多くが途上国の行政を一度は経験してきた人々です。この学生たちと一緒に議論することで、単なるリサーチペーパー からの知識ではない、もっと実践的で現場の役に立つようなアイデアが出てくることを願っています。

長谷川 直近のテーマとしては、日本が真っ先に足を踏み入れつつある超高齢化社会を、どうやって平穏に運営していくかというシステムでしょうか。様々な課題があり、アイデアもあるのですが、一方で規制もあるのが現状。介 護施設や老人ホームは自治体の中につくらなければならないのですが、そんなことでは東京は高齢者ばかりになり、成り立たなくなってしまいます。杉並区が南伊豆町にようやく自治体間連携の施設をつくりましたが、今後日本がどのようにこの問題を乗り越えていくか、その過渡期を成功例として示せれば、大いに世界の参考になると思いますね。

田中 日本では、成功したときも失敗したときも、なぜそうなったかを明確にしない側面があります。GRIPSの使命として、日本が暗黙にやってきたものをできる 限り明確で系統立てられたものにして、世界の多くの人が理解できる普遍的なものとして提示することが大事なのではないかと思っています。

長谷川 いいですね。そして同志をつくるということですね。

 


 

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Guest

HASEGAWA Yasuchika / 長谷川 閑史

1946年生まれ。’70年武田薬品工業株式会社入社。代表取締役社長、取締役会長を経て、’17年6月より相談役。経済同友会代表幹事、東京電力株式会社社外取締役などを務めた。

 

 

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Host

TANAKA Akihiko / 田中 明彦
1954年生まれ。’77年東京大学教養学部卒業。’81マサチューセッツ工科大学政治学部大学院卒業。’17年4月よりGRIPS学長。東京大学副学長、JICA理事長などを歴任。

 

 

pensee_1_6Facilitator
SUNAMI Atsushi / 角南 篤
GRIPS副学長・教授。’15年11月より内閣府参与(科学技術・イノベーション政策担当)。

 

 

 

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