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知的財産政策の政策的効果に関する経済学的分析 -農林水産分野の知的財産権を題材として-

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 野津 喬
学位名: 博士(公共政策分析)
授与年月日: 2010年11月4日
論文名: 知的財産政策の政策的効果に関する経済学的分析 -農林水産分野の知的財産権を題材として-
主査: 福井秀夫教授
論文審査委員: 大山達雄特別教授
安念潤司教授(中央大学)
豊福健太准教授(日本大学)
西脇雅人助教授

I. 論文要旨
 
 本論文は、近年、急速にグローバル化する国際市場に対応するため、知的財産 の積極的・戦略的な活用によって優位性の確保やその差別化を図ることが不可欠となっている一方で、特許や著作権等の知的財産権と比較して学術的な研究が少ない、農林水産分野の知的財産権(育成者権)に着目し、当該分野における知的財産政策の効果について、経済学的な観点から分析を行ったものである。
  本論文ではまず第2章で育成者権に関する知的財産法である「種苗法」について概観している。次に、第3章で育成者権の効力が及ばない「農業者の自家増殖」 が、植物新品種の技術市場に与える影響について、契約理論を用いて分析している。Costly State Verification(CSV)アプローチによって、種苗企業が農業者の契約不履行を立証する費用と技術的保護手段が、育成者権のライセンス契約及び社会的厚生に与える影響について分析を行った。種苗企業の契約不履行の立証費用が小さい場合、種苗企業はライセンス契約を締結して毎年度、農業者に種苗を販売することが可能であること、また、契約不履行の立証費用が大きい場合であっても、種子繁殖植物については種苗企業は技術的保護手段(F1種子)を採用することによって、契約不履行の立証費用が小さい場合と同様の結果を実現することが出来ること、ただし、種苗企業が技術的保護手段を採用すると、それに要する費用の分だけ社会的厚生が損なわれることが示された。
 第4章では第3章の理論分析を受けて、契約不履行の立証費用と政策の効果との関係について実証分析を行っている。農業者の自家増殖に係る契約を締結する慣行が定着している植物について育成者権の効力を拡大した1998年の種苗法改正が、植物新品種の技術市場に与えた影響を推計した。毎年の育成者権登録件数の推移に着目して、Difference in differencesの手法で実証分析を行い、「農業者の自家増殖に係る契約を締結する慣行が定着している」植物について育成者権の効力を拡大した種苗法改正は、当該植物の育成者権登録件数にプラスの影響を与えたという仮説を検証した。推計の結果、種苗法改正によって日本において農業者と契約を締結する 慣行がなかった海外企業の登録件数が増加した一方で、農業者と契約を締結する慣行が既に定着していた日本企業の登録件数には影響を与えなかったことが示さ れた。
 第5章では「累積的技術革新(品種改良)」と「契約不履行の立証費用」が、育成者権のライセンス契約、新品種の育成インセンティブ、社会的厚生に与える影響について理論分析を行っている。農業者の品種改良費用が一定水準より小さいときは、農業者の品種改良によって社会的厚生が増大しうるが、品種改良費用が相当程度大きいときは、品種改良を行わないこと、品種改良費用がある一定水準にあるときは、種苗企業の契約不履行の立証費用が増加すると品種改良インセンティブが低下することを示した。この理論分析の結果を実証するために、育成者権登録件数のパネルデータを用い、「累積的技術革新(品種改良)」の制限につながりうるとされている、育成者権のライセンス契約において研究開発制限条項を設定する行為が、公正競争阻害性を有しているかについて推計した。結果は、当該行為は植物新品種の技術市場においては公正競争阻害性を有してはおらず、育成者権者の契約不履行の立証費用を低下させる効果を有している等の理由によって、むしろ競争促進効果を有している可能性を示すものであった。
 最後に、第6章では理論実証分析のまとめとそれらの分析結果から導き出した政策提言及び将来に残された課題について言及がなされている。
  なお、本論文の核となる第3章、第4章、第5章の論文は、それぞれ、匿名のレフェリーによる審査を経て『日本知財学会誌』5巻1号、『法と経済学研究』4 巻1号、『日本知財学会誌』6巻1号に搭載された論文に加筆修正を施したものであり、既にピアレビューによる学術的な評価を得ている。 
 
II. 審査報告結果
 
 本論文の最終報告に引き続き、平成22年12月1日(水)12時より審査委員会が開催された。審査委員は福井秀夫教授(主査)、大山達雄教授(副査)、西脇雅人助教授(副査)、安念潤司 教授(副査・中央大学)、豊福建太准教授(副査・日本大学)の5名であった。
 
  本論文の特徴は知財政策に関して、農業分野の育成者権に焦点を当てて、理論分析及び実証分析を行った点にあり、著者が構築した理論モデルについて実証的な証拠を同時に提示していることを高く評価した。また、高水準の理論実証分析に加え、それらの結果は知財政策及び競争政策に関しても現実の政策の改善に寄与する重要な含意を持ち、政策研究としても質の高い論文である点についても優れた業績であることについても意見が一致した。特に、知財保護の観点からは、育成者権に独占権を与え、これを強く保護する一方、競争政策では、ライセンサーがライセンシーに対して研究開発制限することを原則として不公正な取引方法と して独占禁止法の問題とするという、一見矛盾する法規制の関係について、実証に基づき一定の場合には、研究開発制限が公正競争阻害性を持つものではないことを示し、適切な両者の政策の調整のあり方に関する優れた示唆を行ったことが特筆できる。これらのことから、本論文は、本学博士にふさわしい優れたもので あることについて基本的に意見が一致した。 
 一方で、論文の水準をさらに高めるために多くの指摘もなされた。その中でとりわけ重要な指摘は以下の6点であった。

 

  1. 3章のモデルで農業者の自家増殖に対する制限が加えられた場合、社会厚生がどのように改善されるかについて言及してはどうか。

  2. 契約不履行の立証費用が低下した場合、どのような最適契約に移行するのかについて考察が必要ではないか。

  3. 論文で行われている理論分析の前提条件について、3章のモデルと5章のモデルとで整合的に整理すべきではないか。

  4. 4章の実証研究について法改正の外生性についてさらに説得的な説明をすべきではないか。

  5. 4章と5章で使用している推定方法の前提条件が満たされていることに関する説明をより精緻にすべきではないか。

  6. 理論分析の前提条件が種苗企業と農業者との契約において満たされていることについて可能な限り定量的な論拠を示せないか。

 

 以上の指摘はいずれも論文の学術的価値を高めることに寄与するものであったたため、これらについて対処するよう著者に改訂を要請した。これに対し、著者はいずれの指摘に関しても適切な作業と考察を加え、対応し、論文としての完成度を高めた改訂版を提出した。審査委員は改訂版について精査し、報告会で指摘された論点について適切に対処・解決されたことを確認し、改めて本論文が本学博士論文としてふさわしいきわめて水準の高い論文であるという評価に至ったものである。

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