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農業雇用労働力問題の政策課題化 -農業労働力の文脈に即して-

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 松久 勉
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2013年5月22日
論文名: 農業雇用労働力問題の政策課題化 -農業労働力の文脈に即して-
主査: 飯尾潤
論文審査委員: 竹中治堅、大山達雄、安藤光義(東京大学)

Ⅰ.論文要旨

 本論文は、これまで研究されることの少なかった農業雇用労働力および関連する政策を、広く農業労働力一般との関係から、統計データと政策の動きを軸として歴史的に追跡し、総合的に検討したものである。

 「はじめに」では、農業において家族農業経営が中心であるなかで、農業労働力と農業雇用労働力を、どのように把握すべきかを比較の視野も交えて説明している。そして、本論文の基礎的な視角として、農政が「農家」を政策の対象としていたために、農業雇用に関する総合性を欠いたのではという疑問を手がかりに分析を進めるとした。その上で分析対象の統計的な定義を行っている。

 本論は主要部分において2つの部分に分かれている。第Ⅰ部(第1章、第2章)では、農業労働力一般についての動向を昭和50年代後半頃まで通覧して、関連する政策の基盤がどのようにできたかを丁寧に追い、それを受けて第Ⅱ部(第3章、第4章、第5章、第6章)では、以後の時期を対象として、農業雇用労働力が政策課題として次第に浮上してくる様子を整理している。

 第1章では、戦後農政における農業労働問題の位置づけと主な施策を確認している。そのため、戦前からどのように農業労働力がとらえられてきたのかを簡単に見たのち、昭和20年代の農業労働力の状況や、昭和30年代の農政見直しと農業労働力の状況などについて概観している。そして農林漁業基本問題調査会の設立経緯と議論をたどるなかで、農業就業人口減少への期待が焦点となっていたことを明らかにした。さらに、農業基本法制定にいたる政策論議のなかに現れた農業や農業労働力に関する考え方を整理し、昭和30年代から50年代にいたる時期の農政のなかで、とりわけ「人」に関する政策がどのようになっていたのかを検討した。そして、戦後の農業政策が農家を基本とするものであったため、農業労働力に関連する政策も農家世帯員を中心的な対象としてきたことが明らかにされる。

 第2章では、農業における雇用労働力の動向を整理している。そこで、農業に関する戦前の雇用労働力のあり方から出発し、それが戦後のどのような姿をとったのかを検討し、昭和30年代後半の農業雇用減少が稲作における減少が理由であること、他方で畜産における雇用がそれから増えてくることを示している。そして政策的な対応についても検討し、農業政策においては家族労働が重視されたために、一部地域の臨時雇用確保を除けば、積極的な政策がとられなかったことが明らかにされた。また関連して、労働政策の側から、とりわけ失業保険や労災保険の適用問題を中心に、農業労働がどのようにとらえられていたかが確認される。

 第3章では、昭和50年代から60年代始めまで農業労働力に関する政策を概観した。そして新規参入問題が政策の中心となったことを示し、そのいきさつを整理するとともに、農家中心の農業政策の文脈で「中核農家」の維持が政策目標として掲げられたことが示される。また、農家以外の事業体が農業を営み雇用労働力を使う動きもあったが、必ずしも政策対象として正面から扱われなかったこと、主婦などの雇用が増えていた果樹や施設園芸などで労働力不足に悩む例が出てくること、最終的には施設園芸だけで雇用が増えるような状況になったことが示された。

 第4章では、平成4年に発表された「新農政」の前後で、農業労働力がどのように扱われたのかを検討した。この時期までには新規学卒就農者が減少し後継者確保が課題となっていたが、バブル期には「3Kイメージ」の流布など状況が悪化し、農業分野でも労働力不足が話題となったことが紹介される。そして、農水省において農業基本法以降の新たな政策的方向性を模索するなかで、「新しい食料・農業・農村の方向」(新農政)が発表されたが、そこにいたる議論の経緯が整理された。そこでは後継者問題に関係して、農業を職業として選択し得る条件として生涯所得、労働時間、法人化の三つがあげられたことが整理・分析された。

 第5章では、「新農政」の具体化作業が検討される。農業経営基盤強化法の制定や新規就農対策の再編などが行われるが、予想されていた昭和1ケタ世代の引退が遅れるなかで、大幅に減ると予想されていた農業労働力がほぼ現状維持で推移したことが示される。そして「食料・農業・農村基本法」の策定過程において、農業労働力問題が政策課題として浮上し、そのなかで新規就農や雇用による就農も政策課題として認識されるようになってきたことが示される。また、この時期になると労働省も農業雇用問題に関係を持つようになり、労働政策のなかで農林漁業雇用が位置づけられはじめたとされる。

 第6章では、平成期の農業雇用の動向を統計的に検討し、新たな動きがまとめられる。その後、農林水産省と厚生労働省が協力した「農林業をやってみよう」プログラムと、リーマンショック後の雇用対策としての農業政策の二つを検討し、それらの政策における農業雇用者の位置づけと、農業雇用の実態との乖離が指摘される。

 最後の「おわりに」では、これまでの記述をまとめる形で、農業雇用を導入する経営体の特徴と、農業被雇用者の特徴を整理し、さらに農業雇用労働の変化要因を分析して、今後の動向にまで視野を広げた。さらに、農政における農業労働力確保政策の流れを整理して、従来は農業雇用がその主たる政策ではなかったことを明らかにした。そして、新規就農対策と雇用対策という切り口から農業雇用が政策課題に浮上したことで、政策としての偏りが生じ、有効性に問題が生じたことが示される。その上で、関係の統計を整備して実態把握を行ってから政策立案にあたるべきことから、新規雇用だけではなく雇用の持続に配慮すべきことや、農業においても労働条件を確保することなど、いくつかの政策的含意を整理している。

 

Ⅱ.審査報告

 平成25年2月7日(木)の博士論文最終報告に引き続き、主査である飯尾潤教授、副査である竹中治堅教授、大山達雄教授、安藤光義准教授(東京大学)による審査委員会が開かれた。この際、本論文について、次のような意見が出された。

1.農業労働力や農業雇用について、歴史的経緯や関連する政策を全体として概観できる研究はあまりなく、この論文のように総合的な検討を行ったことには大きな意味がある。また、農業労働力に関する検討の結果、日本における農業政策の特徴が、逆照射された点も評価できる。

2.関連事象の定義が違うなどで比較が難しかった農業労働力関係の統計資料を、定義などを調整しつつまとめたことは有益であり、他の研究への貢献が期待できる。

3.論文全体として、さまざまな方向からの問題関心と素材が併存している印象があり、どのような観点から問題に取り組もうとしているのかがわかりにくいので、「はじめに」を書き直すなど、論文の方向性を明確にすべきである。

4.結論についても、論文の随所で分析結果が示されているものの、全体としての結論がわかりにくいので、「おわりに」を書き直して、結論を明確に示すべきである。

5.あまりに多くの事象が取り上げられており、とりわけ前半には、直接論文の結論につながらないような事象にまで詳しい説明がつけられているので、章立てを見直すことなども含め、省略できる部分は削除して簡略化すべきである。

6.せっかく統計データの整理において、関連の概念を比較検討したのだから、それに合わせて、全体的な用語の統一も図った方がよい。

 全体として、所要の修正を行えば、事例研究として本学の博士にふさわしい論文の水準にあるという点で全員の意見が一致し、上記で指摘された諸点について修正したうえで、博士(政策研究)= Doctor of Policy Studies の学位を授与すべきであるという判断が下された。その後、「はじめに」「おわりに」が大幅に書き直されたほか、本文の章立てが簡略化されるとともに、記述内容が大幅に整理されるなど、審査委員会の指摘に沿った修正が行われたことを各審査委員が承認し、修正された最終版が提出されたことを主査が確認した。

 

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