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Income Mobility and Child Schooling in Rural Thailand: An Analysis of Panel Data in 1987 and 2004

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Supattra Cherdchuchai
学位名: 博士(国際開発研究)
授与年月日: 2006年10月26日
論文名: Income Mobility and Child Schooling in Rural Thailand: An Analysis of Panel Data in 1987 and 2004
主査: 大塚啓二郎
論文審査委員: Kaliappa Kalirajan
大山達雄
吉田雄一朗
山野峰
澤田康幸(東京大学大学院経済学研究科助教授)

I.論文内容要旨
 
貧困削減は世界的に重要な関心事である。周知のように、アフリカや南アジアでは貧困削減が遅々として進まない一方で、東アジアでは大幅な改善がみられる。本研究は、過去20年の間に大幅な貧困削減を実現したタイを取り上げ、その原因を独自に収集したデータを駆使して究明しようとするものである。
 
貧困削減の動態的メカニズムを解明するためには、かなり長期にわたる異時点間の同一家計に関するパネルデータを用いた分析が必要である。もちろん長期家計パネルデータの場合には、戸主の死亡があり、相続を行った家計を含めていく必要がある。本研究では、1987年に調査されたタイの中部平原にある3つの農村と東北部にある3つの農村について、2004年に再調査を行ってパネル データを作成した。1987年にはサンプルサイズは295家計であったが、2004年の調査で捕捉できたのは279家計である。タイではこうしたパネル データは、われわれの知る限り他には存在しない。それに加えて本研究では、1987年当時は就学年齢の子供であった家計メンバーを追跡調査し、2004年における学歴、職業選択、収入等についての情報を収集した。その中にはバンコック等に移住した人々も含まれている。こうした調査は過去にほとんど前例がなく、世代間にまたがる貧困削減のメカニズムを究明するための貴重な情報を提供している。
 
本研究の第1のファインディングは、調査対象で ある6つの農村における農家の所得構成の顕著な変化である。これらの農村はもともといずれも稲作農村であり、1987年には稲作所得の比率が62%、コメ 以外の作物からの所得を含めた農業所得は86%を占めていた。逆に非農業所得はわずかに14%を占めていたに過ぎない。ところが2004年には稲作所得の 比率は19%、農業所得のそれは44%にまで減少し、代わって非農業所得の比率が56%にまで上昇してきた。これは米価が低迷する一方で、非農業部門が発展し雇用機会を拡大してきたことが大きい。また、灌漑設備がない天水田依存の農村や灌漑設備の質が劣る東北部の農村において、非農業所得の重要性がとりわけ大きくなっている。これは非農業部門の発展が雇用機会を拡大し、貧困削減に資することを示唆している。
 
家計所得の決定因に関する回帰分析の結果によれば、(1)1987年には農地保有や灌漑の有無が家計所得を決定する重要なファクターであったが、2004年にはその重要性は大幅に低下した。(2)家計における23才から60才までの労働人口は1987年には家計所得の向上に貢献しなかったが、2004年には正で有意な影響を与えるよう になった。(3)同様に、教育の効果は1987年で有意ではなかったが、2004年においてより有意であった。
 
続いて家計所得を農業所得と非農業所得に分割し、それぞれの決定因について別個の推定が行われた。それによれば、土地保有の少ない家計や灌漑へのアクセスのない家計は非農業所得 をより多く獲得しており、労働人口の増加はもっぱら非農業部門が吸収していることが分かった。これは非農業部門の発展が貧困削減に有効であることを示すも のである。また教育の効果は農業では重要ではなく、非農業においてはるかに重要であることが明らかとなった。もともと土地に恵まれずに貧困であった家計が非農業所得の増加によって貧困から脱出したこと、教育が非農業部門の発展とともにより重要になったというファインディングを得たことは、本研究の大きな貢献である。
 
教育の重要性が明らかになったことから、1987年データを用いて当時子供であった家計メンバーの就学年数の決定因に関する回帰分析、そして彼らの2004年における職業選択と非農業所得の決定に関する回帰分析が行われた。こうした分析が可能であるのは、パネルデータを用いて いることと、農家の子弟の追跡調査を行ったことの成果であり、本研究の大きな特色である。
 
主要な推定結果を要約すれば、(1)農地への アクセスや灌漑の有無が農業所得に影響を与えることを通じて農家の子弟の就学年数の重要な決定因になっている、(2)教育の高い子供は農業には従事せず、 農村または都市の非農業部門に従事する傾向が強いが、(3)灌漑があり広い土地を相続している子弟は農業に従事する傾向があり、(4)そして最後に最も重要な点であるが、教育は非農業所得の重要な決定因になっている。
 
本研究が、農業所得の増大→農家の子弟の学校教育に対する投資の増大→ 教育水準の高い労働者の非農業部門への移動→高い所得の獲得による貧困の解消、という貧困削減のメカニズムを解明したことの意義はきわめて大きい。また教 育を受けた子弟が非農業部門で高い所得を得ているということは、彼らが非農業部門の発展に貢献していることを意味する。これは過去の研究にはない新しいファインディングであり、経済発展における農業の役割について新たな視点を提示するものである。
 
政策的含意としては、(1)農業技術の 開発や灌漑投資は、農業発展の長期的効果を考慮に入れつつ行うべきこと、(2)貧困削減のためにも、労働集約的な産業やその他の非農業部門の発展を支援すべきこと、(3)教育の非農業部門おける重要性を認識し、農村における教育投資を強化すべきである、ことがあげられている。
 
II 審査要旨
 
9 月25日午後1時半から開催された博士論文発表会に引き続いて、大山達雄教授、吉田雄一郎助教授、カリアッパ・カリラジャン教授、山野峰助教授、澤田康幸東京大学助教授、および大塚啓二郎(主査、教授)の6名からなる審査委員会が開かれ、学位請求論文に対して次の諸点の改善を求める意見が提起された。
 
1. 第2章第2節の Theoretical Framework の議論は拡大し、かつ理論分析を強化すべきである。特に、なぜ所得関数の構造が時間とともに変化するのかについて議論すべきである。またこれによって、仮説の意図がより明確になるようにするべきである。
2. 第2章第1節の分析は2節の分析に比較して長すぎる。よって再考の必要がある。
3. 第3章(調査とデータ)は独立の章としては短すぎるので、再構成が必要である。
4. 最後の政策的インプリケーションの議論はあいまいである。なぜ農村工業化が望ましいのか、どのような農業技術の開発が望ましいのか、といった点について説得力のある議論が必要である。
5. 学校教育の決定関数の推計を「貧困者」、「非貧困者」について別々に推定していることについては、正当化が必要である。
6. パネルデータを用いていることのメリットをもっと明確に述べるべきである。
7. 所得分布については、累積関数ばかりでなく密度関数も示すべきである。
8. 推定結果の説明においては、重要なファインディングにフォーカスして議論すべきである。
9. 選定された村の代表性、1987年と2004年の特徴についても議論すべきである。
10. データの信頼性、推定結果の信頼性について議論すべきである。
11. 節のタイトルとして Estimation Results 以外の表現を用いるべきである。
12. 貧困者比率の定義の表現がおかしい(p.7)ので、修正すべきである。
13. 回帰分析で用いられている「自動車所有ダミー」はあまりにも内生的であるので、この変数をはずした推定を行うべきである。
 
これらのコメントはついたが、各審査委員による5段階採点の平均値は4.45点であり、合格の基準となる4.0点を大きく上回った。そこで、審査委員会は以上の諸点の改訂が確かに完了したという主査の判断をもって合格とすることを決議した。よって理論および政策分析の双方において博士論文にふさわしい学問的 業績であると考える。審査委員会は、本論文の査読及び発表会での報告と質疑応答のすべてに鑑みて、博士(国際開発研究)の学位を授与することが妥当であると結論する。

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