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Structural Transformation and Poverty Reduction: A View from Three Sectors in Sri Lanka (経済構造の変革と貧困削減:スリランカの3つの経済セクターからの視点)

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Nandika Sanath Kumanayake
学位名: 博士(開発経済学)
授与年月日: 2011年9月7日
論文名: Structural Transformation and Poverty Reduction: A View from Three Sectors in Sri Lanka (経済構造の変革と貧困削減:スリランカの3つの経済セクターからの視点)
主査: 大塚啓二郎
論文審査委員: 大山達雄
Jonna Estudillo
黒澤昌子
山内慎子
不破信彦(早稲田大学)

1. 論文要旨

 貧困削減は、人類が直面する世界的な課題である。人口との割合で見れば、サブサハラ以南のアフリカ地域で貧困問題は最も深刻であるが、絶対的な貧困者数では南アジアが最も多い。しかしながら最近、南アジア経済の成長率は急速に高まっており、貧困者数も減少傾向にある。スリランカも例外ではなく、経済 成長が加速し、貧困率も減少している。もう一つのスリランカ経済の特徴はEstate Sector(以下ではプランテーションセクターと呼ぶ)の存在であり、かつては労働力不足のために南インドからの移民が行われたが、現在では貧困率が高く、それがなかなか解消できないセクターとして位置づけられている。なぜプランテーションセクターで貧困率が高いのか、また最近の急速な経済成長はプラン テーションセクターを含めてどれほど貧困削減に寄与したのか、また貧困削減が起こったとすればどのようなメカニズムでそれが起こったのか、こうした問題を究明することが本研究の目的である。

 

 第1章で上述のような問題意識が述べられたあとで、第2章では、雇用面でもGDPの面でも農業が相対的に衰退し、製造業やサービス部門が興隆し、その結果、一人当たりの実質GDPが急増し貧困率が減少したことが、2次資料を用いて示されている。特に最近の経済成長は著しく、1990年代には年率 6.7%、2000年代には年率10.9%というGDPの成長率が記録されている。それに対応して、一日あたり$1.25ドルという国際的貧困ライン以下で生活している人口の割合は、1990年代の25.4%から2000年代の13.9%へと、ほぼ半減している。この背後にあるメカニズムを、家計データを 用いて分析しようというのが、本研究の狙いである。

 

 第3章では文献サーベイが行われ、農業の生産性の向上は農村の貧困削減に直接的に大きな影響を与えていないこと、そして貧困削減の原動力になっているのは非農業所得の増大であることが示されている。それに対応して、同様のことがスリランカで起こったか否か、また起こったとして教育、土地所有、インフラの整備等は、どのような影響を家計所得に与えたかを検証するための仮説が提示されている。

 

 第4章はデータの説明にあてられており、この研究では1990年、1995年、2002年、2006年の『家計所得支出調査』を用いることがまず示されている。サンプルサイズは年によって異なるが、17,000から19,500と大きく、20-30%が都市家計、60-75%が農村家計、約8%がプランテーションセクターの家計である。続いて家計のメンバーの年齢構成や教育構成等の特徴が示されたあとで、セクター別に所得水準、所得の源泉(農業経 営、農業賃金、非農業賃金、自営所得)が示されている。興味深いことは、1990年には農村とプランテーションセクターで貧困者率が60%で同じあった が、前者では非農業所得のより急激な増大とともに2006年には14%まで減少したのに対し、後者では22%への減少にとどまったことである。

 

 第5章では、一人当たりの所得を被説明変数とし、家計の特徴やインフラ等の地域的な特徴を示す変数を説明変とした回帰分析がまず行われている。3つのセクター(地域)と4つの時点をプールして推定しているために、地域ダミーや年度ダミーとの相乗項が数多く用いられている。また同時に、一人当たりの農業所得と非農業所得を被説明変数とした回帰分析も行われている。そこで明らかになったことは、所得の決定因としての農地の重要性の低落傾向と教育水準の重要性の急激な上昇傾向である。特に教育水準の重要性は、非農業所得関数において顕著であった。続いて行われたBlinder-Oaxaca流の所得格差の 決定因の数量的分析によれば、1990年にセクター間の所得格差は教育水準や農地保有の格差によって主に説明されたが、2006年における格差は主に教育への報酬の格差によって説明されることが明らかになった。これはとりもなおさず、非農業部門の発展によって教育水準の高い労働者に対する需要が、都市を中心にして急増したためであると思われる。その一方で、非農業部門の発展が遅れたプランテーションセクターでは、教育への報酬はさほど伸びることがなかった。

 

 なお所得決定関数をセクターの相違を考慮しつつ推定し、Blinder-Oaxaca流の所得格差分析を適用した例は、これまでの研究ではなかった。ここに本研究のユニークな貢献の一つがある。

 

 第6章では、非農業所得の増大の貧困者率の割合と所得分配への影響が分析されている。それによれば、非農業所得の増大は貧困削減に対しては絶大な影響があったが、他方で各セクター内での所得分配は悪化させたことが明らかになった。特にこれは農村とプランテーションセクターで著しい。これは比較的少数の家計が非農業に従事する状況では、これらの家計と農業に特化する家計との間で所得格差が発生したためであると考えられる。

 

 第7章での結論では、所得増大と貧困削減にとっての非農業所得の重要性と、非農業における教育の役割の重要性が改めて指摘され、公正な発展を実現する上での産業政策と教育政策の重要性が強調されている。

 

2. 審査報告

 この研究は推定結果がクリアーでかつ斬新であり、十分な学術的貢献が認められる。この水準の研究であれば、博士論文をベースにした論文がおそらく一流の国際的学術雑誌に掲載可能であると予想される。

 

 しかし問題がないわけではない。事実、審査委員からは多くの建設的なコメントと同時に批判的なコメントもよせられた。平成平成23年7月26日に開催された審査委員会では、不破信彦教授(早稲田大学)、Jonna Estudillo教授、大山達雄教授、山内慎子助教授から、また事前の報告会では黒澤昌子教授から、以下のようなコメントが寄せられた。

 

  1.  各章のタイトルには十分な配慮が必要である。

  2.  Blinder-Oaxaca流の分解分析の他の研究との比較がほしい。

  3.  女性労働者比率が所得の獲得に有意な影響がなくても、それは労働市場で差別がないことの証拠としては弱い。単に豊かな家庭では、女性は労働していない可能性がある。

  4.  少数ではあるが、都市において教育の所得効果が負である場合があることは納得がいかない。これは若い世代がより上の学校に通っているためである可能性があり、労働者年齢の下限を25才に上げれば、この問題は解決するのではないか。

  5.  農業発展の経済構造の変革については、重要な理論的論文があるので考慮すべきである。

  6.   Femaleヘッドのダミーが有意であるところは、注意深く解釈を加えるべきである。

  7.  Schooling の係数の解釈に十分注意すべきである。

  8.  土地所有の係数の解釈に十分に注意すべきである。

  9.  なぜプランテーションセクターでは、非農業所得が上がると所得分配が悪化するのか、より説得的な説明が必要である。

  10.  第5章で、districtとyearダミーの相乗項を用いてはどうか。

  11.  労働市場のIntegrationを示したいのであれば、教育に関する変数の効果全体の格差についてFテストを行うべきである。

  12.  特に発展している地域であるWestについて、別に考察するべきではないか。

 

 ここでは取り上げなかったが、まだいくつかのコメントがあった。ただし各審査委員ともに3.0またはそれ以上の合格点を与えており、総合的に判断す れば、審査委員からのコメントを考慮して論文を修正すれば、博士号(Ph.D. in Development Economics)を授与することが適当であると判断された。論文修正後の措置に関しては、主査が責任を持って修正内容を検討し、十分な修正がなされて いることを確認することになった。実際、平成23年8月31日に提出された最終稿では、十分な修正がなされていることが確認された。よって、これによって 博士号を授与することにした。

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