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インドネシア語話者に対する日本語音声指導の効果―母音の長短とアクセントに焦点を当てて―

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Najoan Franky Reymond
学位名: 博士(日本語教育研究)
授与年月日: 2013年3月19日
論文名: インドネシア語話者に対する日本語音声指導の効果―母音の長短とアクセントに焦点を当てて―
主査: 宇佐美洋(国立国語研究所)
論文審査委員: 久保田美子(国際交流基金日本語国際センター)、磯村一弘(国際交流基金日本語国際センター)、横山紀子(国際交流基金日本語国際センター)、助川泰彦(東北大学)、大山達雄

I.  論文要旨

 本研究は、インドネシア語話者の日本語の長短母音やアクセントの習得にどのような問題点があるかについて調査を行った上で、その結果を踏まえ、日本語の母音の長短・アクセントに関する指導法を検討した研究である。

 インドネシアでは、日本語教育が盛んに行われており、学習者の増加が著しい。しかし、音声教育は十分に行われていないのが現状であり、学習者の音声習得に問題がある場合も多い。音声教育があまり行われてこなかった理由に、教師に自信がないことと、練習の時間がとれないという問題が挙げられる。本研究では、比較的短時間で、教師がフィードバックの負担をそれほど感じなくても済むような、学習者同士の協働学習(ピア・フィードバック活動)を取り入れた指導法を実践し、その効果について検証した。

本研究は、(研究Ⅰ)インドネシア語話者による音声習得の実態調査、(研究Ⅱ)音声指導の効果の検証、(研究Ⅲ) ピア・フィードバック活動の実態について、から成る。研究Ⅰでは、インドネシアの若手日本語教師20名を対象に調査を行った。聞き取り、読み上げ発話、自然発話の3種類のテストを行った結果、短音には問題がなかったが、長音の習得には問題があることが分かった。また、アクセントについても、同様に習得が難しいことが分かった。

研究Ⅱでは、研究Ⅰで問題とされた音声項目について音声指導を企画して、実践研究を実施した。インドネシアの大学生20名を対象に、4カ月の音声指導を行った後、実験直後テストとその8か月後の遅延テストを行い、研究Ⅰと同じ測定方法で指導の効果を調べた。その結果、母音の長短については、知覚においても産出においても、指導を行った実験群のほうが行わなかった統制群より成績がよく、指導の効果が見られた。しかしアクセントについては、知覚では効果が見られたが、産出では効果が見られず、なお問題が残されることとなった。今後その要因を探るともに、指導方法を改善していくことが必要である。

 音声指導の中で、発音練習の部分にはピア・フィードバックという協働学習活動を取り入れた。研究Ⅲでは、そのピア・フィードバックのやり取りを録音し、分析を行った。分析の結果、4種類の訂正的なフィードバックと、1種類の肯定的なフィードバックが観察された。また、フィードバックを受け、発音が改善される場合も見られ、学習者同士でも、お互いにフィードバックし、発音を修正していくことが可能であることが示唆された。

 今回の研究から、ピア・フィードバックの可能性が示され、教師が負担と感じる発音のフィードバックについて、学習者の力を生かすことによって、解決する可能性が示された。最後に言語教育政策面での「今後の課題」として、こうした指導法をさらに改善し普及させていくことによって、インドネシアにおける日本語教師の音声教育に関する認識を変え、日本語教育における音声教育の位置づけを明確にしていくべきということが論じられた。

 

なお、本研究に関連する研究業績としては、以下の発表および論文がある。

 

・ナヨアン,フランキー R.(2009)「インドネシア語を母語とする日本語学習者における日本語の母音の長短の聞き取り」音声学会全国大会(九州大学),2009年9月(口頭発表)

・ナヨアン,フランキー R.(2011)「インドネシア人学習者を対象とした音声指導の効果-母音の長短の聞き取りに焦点を当てて-」第10回世界日本語教育研究大会(天津外国語大学),2011年8月(口頭発表)

・ナヨアン,フランキー R.・横山紀子・磯村一弘・宇佐美洋・久保田美子(2012)「インドネシア語話者による日本語の長短母音の習得に関する研究-聞き取り・読み上げ発話・自然発話のデータから-」『音声研究』16(2), 28-39, 2012年8月(研究論文)

 

II.  審査結果報告

 

本論文の最終報告に引き続き、平成25年3月1日(金)11時30分から審査委員会が開催された。審査委員は宇佐美洋(主査・国立国語研究所)、久保田美子(副査・国際交流基金日本語国際センター)、磯村一弘(副査・国際交流基金日本語国際センター)、横山紀子(副査・国際交流基金日本語国際センター)、助川泰彦(東北大学)、大山達雄(政策研究大学院大学)の6名であった。本論文について、審査委員からは以下のような意見が出された。

 

・インドネシアにおける日本語学習者の、母音の長短およびアクセントについての習得状況を調査した上で、それを踏まえた指導法を考案・実施し、その教育効果を検証した研究である。音声の習得状況を把握するために自然発話データも用いていること、また指導法を考案するに当たりエリスのSLA理論を援用していることは他に類を見ず、高く評価できる。

・音声指導法として学生同士の「ピア・フィードバック」という手法を取り入れている。これは、日本語音声についての専門的知識を持った教員でなくても対応可能な手法であり、インドネシアでの音声教育の普及を考えるに当たり非常に効果的と考えられる。

・しかし研究としてはいくつかの課題も残された。例えば、1) 音声指導は母音の長短については効果的である一方、自然発話におけるアクセントについてはあまり効果がなかったことが示されたが、その理由についての考察が不十分である、2) ピア・フィードバックにおける学習者の心的過程について十分な考察がなされていず、発音の向上に対しピア・フィードバックがどの程度効果的だったのか(本当に効果的だったのか)が不明、などである。これらの問題についてはすぐに対応することは難しく、「今後の課題」として時間をかけて取り組むべきであると思われるが、論文を書き終えた現時点において、どのような「問題点」が残っていると認識しているのかを整理し、最終章で明確に述べておく必要がある。

・今後指導法をどのように改善していくのか(特に自然発話の指導について)、インドネシアの日本語教育界に対しどのような働きかけを行っていくのかについて、もう一歩具体的な提案があるとよい。

・全体的に、「母音の長短・アクセントの習得」というミクロな問題に終始しており、マクロな視点が不足している。音声教育で必要なことは「母音の長短・アクセントの習得」だけでなく、また日本語教育で必要なことは音声教育だけ、というわけでもない。「母音の長短・アクセントの習得」を音声教育の中にどう位置付けるのか、音声教育を日本語教育の中にどのように位置付けるのか、そもそもこの研究により、何がどう改善するのか、ということについて、最終章でもっと明確に論じるべきである。また第1章でも、日本語教育においてなぜ音声教育が重要なのかについて、よりはっきりと記しておく必要がある。

・第1章について、筆者本人の意見と、他の論文からの引用とが明確に区別されずに提示されている箇所が散見される。他者の著作物で述べられていることを自分の意見であるかのように書くのではなく、まず自分の意見を明確に述べた上で、それをサポートするために他者の著作物での記述内容を援用する、というような書き方をすべきである。

・SLA理論に基づく解釈・考察において、やや不適切な表現が散見される。また、言語表現・形式面での不備についても注意深く修正すべきである。

 

 上記のコメントに対して、著者は直ちに論文の修正を行い、修正稿を提出し、主査の最終確認を経た上で博士論文最終版として提出させることにした。審査委員会において、このような手続きを経ることに合意し、本論文が本学博士論文として妥当であると結論付けた。

 

以 上

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