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公共事業の便益集計範囲の設定方法

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 今野 水己
学位名: 博士(社会システム分析)
授与年月日: 2008年5月28日
論文名: 公共事業の便益集計範囲の設定方法
主査: 森地茂教授
論文審査委員: 上田孝行客員教授
八田達夫教授
大山達雄教授
伊藤大一教授
林山泰久教授(東北大学)

I.論文要旨
 
 我が国の社会資本整備の重点が、量的な充実から質的な充実に移行したこと等を背景に、公共事業評価手法についても、社会の高質化を目的とした事業の適切な評価が求められている。本研究は、こうした事業を評価する手法の1つである CVM (Contingent Valuation Method; 仮想的評価法) に着目し、適用の際に課題となる便益集計範囲の設定のあり方を提言することを目的としている。
本研究は、まず第1章で、研究の背景と目的、ならび に研究の全体構成について述べており、第2章では、我が国の公共事業評価手法の策定の経緯を詳述し、公共事業の目的の重点が量から質に移行したことにより、公共事業による質的変化の評価手法の必要性が高まっていることについて述べ、質的変化を評価する際の課題を整理した上で、その対応策の1つとして CVMが位置づけられることを示した。
第3章では、本研究の主題であるCVMについて概観し、CVMによる便益計測の際の便益集計範囲の設定方法に係る既存研究をレビューし、その課題を明らかにしている。具体的には、本来、便益集計範囲は事業の便益帰着範囲に基づき設定する必要があるが、既存の事例においては、CVMを実施した際のWTPの大きさに基づき便益帰着範囲を判断しようとしており、実務的に有効な範囲設定ができていないとしている。そのため、現状では便益帰着範囲に必ずしも基づかない外的基準方式等により便益集計範囲を設定している事例も多く見られることを指摘した。
第 4章では、こうした課題を踏まえ、河川環境整備事業(河川利用推進事業、水環境整備事業、自然再生事業)を対象として、CVMにより便益計測を行う場合の集計範囲設定の仮説を示した。具体的には、河川利用推進事業については利用者の訪問距離をもとに設定する方法、水環境整備事業・自然再生事業については居 住者の事業に対する認知、事業に対する満足の状況を把握することにより設定する方法を示した。
第5章では、実査によって、上記の範囲設定の仮説の検証を行った。実査は、事業内容、地域特性を踏まえて類型化された4事業を対象に行っており、その結果、河川利用推進事業については仮説に沿った設定で集計範囲の特定が可能であることを示した。一方、水環境整備事業、自然再生事業については、仮説に沿った設定は困難であることを示し、その対案として河川に対する認知の情報を用いることが有効であることを示した。
第6章では、集計範囲の設定のために必要なデータの収集を事業評価制度に取り入れることを目的として、河川環境整備事業の事後評価のあり方を提案しており、特に便益帰着範囲に係る情報の蓄積を戦略的に行う必要があることを指摘した。
ここまでは個別事業の評価に着目してきたが、第7章では公共事業の事業計画の上位に当たる空間的な計画に着目し、フランス、イギリス、日本の各国の空間計 画、事業計画における住民合意形成過程の状況を確認した上で、空間計画においては、地域の目標と時期の関係について住民合意を確保しておくこと、事業計画においては、事業実施の説明責任の確保に資する科学性、客観性が求められることを指摘するとともに、住民意見の反映過程に住民投票等の方法を活用する際、 本論文の成果である範囲設定の考え方が適用可能であることを指摘した。
以上をもとに、第8章で結論を述べた。まず、CVMによる便益計測の集計範囲設定については、事業完了後の実態調査により、事業の受益者を明らかにした結果を蓄積することが重要であること、具体的には、利用価値に係る効果が主要な事業の場合、冬季以外の時期に利用実態調査を実施し、利用率90パーセントで裾切りを行って訪問距離を得ることで、集計範囲の設定が可能であることを示した。また、非利用価値に係る効果が主要な事業の場合、当該事業または当該河川のことを知っている割合の距離減衰傾向を見ることで、集計範囲設定に資する 情報が得られることを示した。
併せて、河川環境整備事業の事後評価において、事業の効果の影響範囲に関するデータを蓄積し、今後の事業評価の精緻化のために活用することが重要であることを指摘した。また、空間計画等、効果の定量的な把握が難しい政策の意思決定において、住民投票のように直接住民の意見を把握・反映させる方法を用いる際に、対象者をどのように設定するのか、という議論に本論文が適用可能であることを述べた。
以上のように、本研究は、これまで研究課題として十分に取り上げられてこなかったCVMの集計範囲設定について、本来の集計範囲設定のあり方を述べた上で、実務的に有用な 設定方法を提示したものである。また、CVMの集計範囲を適切に設定し、その説明責任を確保するためには、事後評価の的確な実施により、事業実施の影響範囲に関するデータを蓄積することが重要であることも指摘している。
本研究の成果は、公共事業評価へのCVMの適用のあり方、ひいては、事業評価制度の活用方策にも言及しており、公共事業分野における有益な政策提言である。
※ なお、上記要旨は後述の章構成・論文タイトルに対する意見を反映したものであり、審査会時点では第7章が第1章の直後に位置し、タイトルは「表明選好法による公共事業の便益計測における便益の集計範囲の設定方法に関する研究」であった。
 

II 審査結果報告
 
  本論文の最終報告に引き続き、平成20年3月18日(火)午後4時から審査委員会が開催された。審査委員は森地茂教授(主査)、上田孝行客員教授(副指 導)、八田達夫教授、大山達雄教授、伊藤大一教授、林山泰久教授(東北大学)の6名であり、本論文について以下のような意見が出された。
   

  1. 公共事業評価にCVMを適用する際の集計範囲に着目した本邦初の研究である。公共事業評価手法の発展経緯を詳細にレビューし、CVM適用の必要性を示した上で集計範囲設定の具体的方法を提示しており、学術的価値のみならず政策提言としての実用的価値も高い。

  2. CVMの集計範囲設定方法の仮説を提示した上で、その有用性を検証しており、分析は科学的である。また、文章も読みやすく、論文作成能力・教授能力が十分にあることが証明されている。ただし、論文投稿実績を補強することが望ましい。

  3. 章構成に関して、第2章は論文成果の応用に当たる部分であり、後方に移動させた方がよい。また、論文のタイトルが冗長であるので、英語にすることも念頭に見直した方がよい。

  4. 行政単位で事業費の負担がなされる一方で便益の帰着範囲がそれを超える場合の考え方について詳述した方がよい。また、ヘドニックアプローチ等の顕示選好法による検証が今後の課題であることについても加筆した方がよい。

  5. 英国におけるインスペクターの充実が政策的な解決策として有用である点について、加筆するとよい。

 

 上記のコメントに対して、論文の修正を行い、主査の最終確認を得た上で博士論文最終版として提出させるとともに、別途、対外投稿用論文 を作成・投稿させることにした。審査委員全員がこのような手続きを経ることを合意し、本論文が本学博士論文として妥当であると結論づけた。 

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