学生の方

米国福音派の変容と政党再編成—1960年代以降の政党対立—

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 飯山 雅史
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2012年2月22日
論文名: 米国福音派の変容と政党再編成—1960年代以降の政党対立—
主査: 飯尾潤
論文審査委員: 増山幹高
大山 達雄
久保文明(東京大学)

I. 論文要旨

 

 本論文は、1980年代以降のアメリカ政治の潮流である共和党の優位という傾向を、プロテスタント福音派の共和党支持への転換に求める見解に関して、福音派はなぜ、共和党の強力な支持勢力に変化したのか、福音派は今後も共和党の中核的支持基盤となり続けるかという2つの問いをもとに、福音派に関する歴史的な研究と、世論調査データの丹念な分析を結びつけて研究したものである。その結果、福音派の変化は1960年代に起こっており、その後の共和党側の取り込み戦略もあって、世代効果によって大きな変化をもたらしたという結論が導かれた。また、福音派の今後については、若い世代の福音派に変化が見られるものの、世代間の人数の違いによって、強力な共和党支持という傾向はすぐには変化しないことも明らかにされた。

 

 第1章では、問題意識の開陳とともに、先行研究や分析枠組みとして、福音派の定義を行うとともに、その分析においては、信仰内容・態度・帰属を組み合わせる統合モデルを用いること、政党対立構造の分析については、政党再編成理論を広く解釈して準拠枠とすることを述べている。 
 第2章では、福音派の形成について歴史的な傾向をたどり、もともと福音派が民主党支持であったこと、しかし1960年代の民主党の変化が福音派を民主党から離反させ、福音派内部にポピュリスト的な右派指導者が台頭したことが示される。 
 第3章では、政党の側の事情について、1950年代までアメリカ政治を支配していた福祉政策など経済問題(ニューディール争点)に加え、1960年代以降に は、人種問題や反戦問題、倫理や価値観の問題が浮上した。民主党がこうした新しい問題にリベラルな姿勢を示したのに対して、共和党の姿勢はしばらく明確ではなかった。しかし1980年代になって、共和党の保守姿勢が鮮明になると、こうした新しい問題が、政党対立に持ち込まれたとする。 
 第4章では、世論調査データを用いて、こうした福音派および政党支持の動向を計量的に検討している。第1節では、まず二変量相関分析によって、1980年代以降、ニューディール争点ばかりではなく、倫理問題、軍事・外交問題、人種問題なども政党の対立における争点となったことを明らかにし、さらに主成分分析によっ て、これらの争点によってイデオロギーを主軸とした対立構図が強まったことを示し、ニューディール争点から、新たなイデオロギー争点へと軸が移行し、政党の支持基盤が変化するという意味での政党再編成が起こったとする。第2節では、こうした政党の変化が誰の変化によってももたらされたのかを検討し、政党支持が大きく変化した宗教系列は福音派とカトリックであり、とりわけイデオロギー争点によって共和党に移っていった有権者の大半が福音派であったこと、それは保守的であるにもかかわらず民主党支持だった福音派の多くが、イデオロギー争点に忠実になることで、共和党支持に移ったことによって生じた変化であったとする。 
 第5章では、そうして福音派の変容がどのようなプロセスで起こったのかを、世代交代に着目して分析している。すなわち1929年以前に 生まれた福音派は、保守的な価値観をもちながらも、民主党支持で固まっていたため、争点によって政党支持を固めることがなかったが、1930年代生まれの世代は、政党支持が固まりきらない若年時代に、民主党のリベラル化に遭遇し、民主党支持から離れた。そして1980年代に共和党が明確に保守化すると、共和党支持で固まっていく。そして1954年代以降に生まれた世代の福音派は、当初から共和党支持なのだという。このように、福音派が持っていた保守的だが 民主党支持という傾向が、イデオロギー争点によって、保守的な共和党支持に転換し、その影響が世代を超えて残ることによって、政党支持大規模な変換が起こったとする。そして、それを政治的社会化論によって具体的に検証し、世代ごとの人数が政治的に大きな意味を持っていることを示した。 
 第6章では、今後の動向を検討している。そこでは、1970年代以降に生まれた新世代の福音派のなかに、保守派の行き過ぎに対して反発し、共和党から離れる傾向が 続いていること、しかし少子化が進んで、世代としての人数が少ないので、短期的に共和党の支持が激変する可能性は少ないことが述べられる。
 第7章では、上記のような分析結果をまとめたうえで、細かな宗派ごとの位置づけを確認し、福音派の定義を明確にすることと、それに基づいて世論調査を分析することの重要性が強調されている。そして、政策的な含意として、前述したように共和党の優位はしばらくは続くものの、ビジネスウィングの共和党支持者と、福音派のような保守派の共和党支持者の間の緊張が高まる可能性が示唆されている。
 そのほか、分析に使用したプロテスタント教派の分類に関して歴史的に検討した論考と、計量分析に使用した変数の説明が補論として付されている。

 

Ⅱ.審査報告

 

 平成24年1月31日(火)の博士論文最終報告に引き続き、主査である飯尾潤教授、副査である大山達雄教授、増山幹高教授、久保文明教授(東京大学)による審査委員会が開かれた。この際、本論文について、次のような意見が出された。

 

  1. アメリカ政治研究の一つの焦点となっている福音派の動向という問題に関し、世論調査の丹念な分析と、福音派に関する周到な調査の双方によって、福 音派による政治的影響の変化を世代効果に求める明快な解釈を打ち出したことは高く評価できるものであり、日本のアメリカ研究の水準を引き上げる優秀な論文であるといえる。 

  2. 本論文では、政党再編成について有権者レベルからの解釈を専ら行っているが、政党指導者の役割や、政党支持連合の役割をどう考えるかについても言及した方がよい。また福音はにおける教会の指導者の役割についても触れた方がよい。 

  3. 倫理問題を代表する変数として中絶問題を扱った理由を明確にすべきである。 

  4. 人口流入による政党支持の変化についても考慮しておいた方がよい。 

  5. 論文内容の理解を助けるために、表題などの点検を行うべきである。また、図表も整理できるものがあれば、整理した方がよい。

 

 全体として、本学の博士にふさわしい優れた論文であると全員の意見が一致し、上記で指摘された諸点について修正したうえで、博士(政策研究)= Doctor of Policy Studiesの学位を授与すべきであるという判断が下された。論文修正後の措置に関して、一任を受けた主査が修正した最終版が提出されたことを確認した。

〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1

TEL : 03-6439-6000     FAX : 03-6439-6010

PAGE TOP

Print Out

~