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1998年学習指導要領改訂の政策実施過程の分析 -閉鎖行政と政策実施の失敗-

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 小林 万里子
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2013年3月19日
論文名: 1998年学習指導要領改訂の政策実施過程の分析 -閉鎖行政と政策実施の失敗-
主査: 飯尾潤
論文審査委員: 増山幹高、大山達雄、伊藤正次(首都大学東京)

Ⅰ.論文要旨

 本論文は、「生きる力の育成」と「総合的な学習の時間」の導入などを含みつつ、学習内容と授業時間の削減を図りながら、「ゆとり教育」批判にさらされ、文部省(当時)が実施過程において軌道修正を余儀なくされた1998年学習指導要領改訂について、関係資料や聞き取り調査などによりながら再現し、その政策過程を政策実施研究の枠組みに沿って再構成したうえで、その政策過程としての特性および教育行政の構造を探求したものである。

 序章では、本論への導入として、著者が本事例を取り上げる理由が明らかにされている。そこでは、本事例の特徴に加えて、本事例を政策内容である教育課程の観点からではなく、政策として政策実施過程の観点から取り上げることで、その実態を明らかにするとともに、文部科学行政への政策的示唆を得たいと考えていることが明らかにされる。

 第1章では、なぜこの事例を取り上げるのか、事例の特質について説明するとともに、本事例の性格に関する先行研究や、一般的な見方について、関連文献を概観している。そのうえで、本論文のアプローチとして、政策実施研究の枠組みを用いて、その政策としての「失敗」のあり方と原因を解明することを述べる。

 第2章では、本論文で政策実施研究の枠組みを学習指導要領の改訂に関して用いる理由と、教育課程行政の概観を行った後、先行研究の検討として政策実施研究の理論的整理を行っている。それを前提に、本論で使用する分析枠組みについて、サバティエ&マズマニアンの分析枠組みを事例に当てはめ具体化したモデルを記述的な分析の手助けとして、政策過程を解析していくことが説明される。

 第3章では、前提として、学習指導要領改訂とは何かが説明される。まず学習指導要領やその改訂とは、法的・組織的にどのような枠組みで行われているのかを整理した後、1947年以降1989年まで、ほぼ10年に1度の頻度で繰り返された学習指導要領改訂の概要が示される。

 第4章では、研究対象となった1998年の学習指導要領の改訂における政策決定と実施過程について、時系列的な記述がなされる。そこでは、学習指導要領改訂のきっかけとなった学校週五日制の導入の検討から始まり、中央教育審議会や教育課程審議会における改訂の方向性の検討、改訂の告示とその後の実施準備、その時期に現れた学力低下問題と文部省への批判、さらには文部省における方針の軌道修正に関する実態が明らかにされる。

 第5章では、第2章で構築した分析枠組みに沿って、(1)外因性要因として①教育政策を取り巻くトレンド、②教育政策以外の政治・経済界の関心や支持、③マスメディア・世論の関心、④専門家の関心、(2)実施する政策に関係する要因として、①教育行政課題と政策手段としての学習指導要領の改訂、②教育政策上の課題と改訂内容の因果関係、③学習指導要領改訂と政策対象集団、④1998年学習指導要領改訂の変化(量・質)の大きさ、⑤政策目標や政策実施過程の方針および実施方法の明確さ、⑥政策内容と政策実施過程に係わるコミュニケーション、⑦政策実施管理のための文部科学省の組織と組織内の意志決定過程、⑧改訂に係わる条件整備のあり方と実施に関する予測、(3)実施機関に関係する要因として①文部科学省、教育委員会、各学校の役割、制度的関係および実施の担保、②実施の現場の状況といった各要因に分けて、それぞれ分析を加え、本事例を解析的に再構成している。その結果として、これまでよく指摘されているマスメディアの影響のほか、教育政策を取り巻く当時の状況や、政治・経済の影響が大きく関係しており、さらに、学習指導要領改訂の政策内容のあり方と実施機関の状況など、さまざまな要因が複合して事態を構成していることが明らかにされた。

 第6章では、これまでの記述を受けて、何が1998年学習指導要領改訂の実施に影響を与えたのかを、①各要因の影響とその評価、②1998年の学習指導要領改訂に特有の問題、③過去の学習指導要領改訂との比較、④各要因の制御可能性、の順に具体的に検討した。その結果、さまざまな要因が複合して、文部省への批判がもたらされたとしても、全体としては制御可能なはずの事態の制御に失敗したことが問題であるとされる。そこで本事例から見られる文部省(文部科学省)の教育課程行政の特質として①分野としての閉鎖性、②審議会行政の問題点、③政治的中立の確保と閉ざされた政策過程の問題があったとされ、それらが事態へのあるべき対応を妨げたとされる。さらに政策的インプリケーションとして、2008年の学習指導要領改訂においては、前回の経験を生かした対応がなされた結果、大きな問題を起こさなかったことが評価され、こうした経験を一般化して組織内に継承して活用することが必要であると主張される。

 

Ⅱ.審査報告

 平成25年1月10日(木)の博士論文最終報告に引き続き、主査である飯尾潤教授、副査である増山幹高教授、大山達雄教授、伊藤正次教授(首都大学東京)による審査委員会が開かれた。この際、本論文について、次のような意見が出された。

1.大きな話題となったにもかかわらず、政策内容についての論評が多く、実際に何がおこったのかが必ずしも明確ではなかった1998年学習指導要領の改訂とその実施における混乱について、詳細な検討を行った点で、価値ある事例研究であるといえる。また文部科学省における政策管理の仕組みの解明に寄与する点についても評価できる。

2.政策実施研究は近年、停滞気味であり、日本の中央省庁における政策実施あるいは実施管理について、実証的な研究を行ったことには、大きな意義がある。

3.結論部分における整理や、それにいたる記述において、当該の事例におけるマスメディアの役割など外在的要因と内在的要因との関係がたどりにくいので、整理して記述するべきである。

4.本論のなかで散見される大臣官房の学習指導要領問題への関与について全体像が明らかでないので、それに関する記述を強化すべきである。

5.結論となっている、教育課程行政の「閉鎖性」がもたらす問題について、そのインプリケーションを、より明確に説明すべきである。

6.政策評価について論じている部分は、政策過程を主として分析、政策の内容の是非に踏み込まないという論文の主旨にそぐわない印象があるので、整理すべきである。

7.副題をはじめ各省のタイトルなど、より内容を示すような擁護を用いて、明確化を図るべきである。

 全体として、事例研究として本学の博士にふさわしい論文であると全員の意見が一致し、上記で指摘された諸点について修正したうえで、博士(政策研究)= Doctor of Policy Studies の学位を授与すべきであるという判断が下された。論文修正後の措置に関して、一任を受けた主査が最終版について承認し、修正した最終版が提出されたことを確認した。

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