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Egoist’s Dilemma: A DEA Game Solution

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 中林 健
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2005年3月25日
論文名: Egoist’s Dilemma: A DEA Game Solution
主査: 刀根薫
論文審査委員: 渡邉昭夫((財)平和・安全保障研究所理事長)
岡田章(京都大学経済研究所教授)
森田浩(大阪大学大学院情報科学研究科教授)
畠中薫里
大山達雄

I. 論文内容要旨
 
 本論文では、一定量の利益や負担を複数の主体の間で配分・分担しなければならない問題を数理的に考察している。この古典的な問題に対しては、これまで様々な数理的アプローチが提案されてきたが、そのいずれもが次のいずれかの前提を置いてきた。
 ○ 上位に客観的な唯一の評価基準が存在する。
 ○ 全ての参加主体は安定的な選好を持つ。
  本論文では、独自の立場として、これらの前提に基づかないアプローチを試みている。オペレーションズ・リサーチ(OR)の代表的な二つの手法である包絡分析法(DEA: Data Envelopment Analysis)と協力ゲーム理論を組み合わせて、これまでにない視点から配分問題を捉えなおし、新たな理論的枠組みを提示し、さらにその枠組みの中で協力ゲームの解概念(公平性を達成するための筋の通った配分解の考え方)を提案している。
 本論文の構成は以下のようになっている。
 
 Chapter 1: Introduction
 Chapter 2: The Egoist’s Dilemma
 Chapter 3: A DEA Game
 Chapter 4: Solution Concepts of the DEA Game
 Chapter 5: Extensions of the Basic Model
 Chapter 6: An Application to the NATO’s Problem
 Chapter 7: A Case Study: The IFORS Problem
 Chapter 8: Summary and Future Research Subjects
 
 Appendix
 References
 Index
 
 以下、本論文の構成にしたがって要旨を述べることとする。
 
 Chapter 1の最初で、著者は、国連の分担金問題など幾つかの実例を挙げながら、配分問題について次のような提起を行う。実際の場面では、客観的な最適解のようなもので配分が決定されるというよりむしろ、配分の仕方についての様々な基準や考え方に対して多数のプレイヤーが異なる意見を持ち合う中で、合意形成を図りながら落し所を模索していくプロセスを辿る場合が多い。すなわち著者は、配分という問題を多基準の環境下で捉えて、最適性だけではなく、適切性ないし公平性 の問題として議論することを試みる。
 次に著者は、H.P.Young著“Equity: In Theory and Practice”を引用しながら、多基準型の配分問題の構造を論理的に解明し、解法に向けての理論的アプローチについて次のように整理する。多基準型の 配分問題において実際に配分を決定するためには、二つ以上の基準の間でウェイトを設定しなければならない。プレイヤー間で公平性を担保しながらウェイトを 決めようとするならば、全てのプレイヤーの意見を取り入れることが求められ、さらに多種多様な意見の中から“公平な均衡(equitable balance)”を見出せるような手順が必要となる。これは意見集約あるいは社会選択と呼ばれる問題であり、決して容易な問題ではない。
 本論文は、DEAと協力ゲーム理論という二つの手法を組み合わせて、多基準型の配分問題の理論的解法を考案することを目的とする。
 Chapter 2では、問題を数理的に考察していくためのモデルを構築する。その際に著者は、対象とする配分問題を概略的に次のように捉える。問題に直面するプレイヤーは皆が同じ組織ないしコミュニティに所属しており、配分決定に向けての提案や議論のプロセスを経て、候補となる幾種類かの配分の仕方が表出するようになる。全てのプレイヤーはこれら候補となる一揃いの配分法によって枠づけられるが、互いの意見に食い違いが生じて最終的な決定になかなか到達できない。
問題の定式化に当たっては、先ず、一揃いの配分をスコア行列で表現する。そして、スコア行列によって枠づけられたプレイヤーの意思決定行動については次のような前提を設定する。

利益配分問題(あるいは、費用分担問題)において各々のプレイヤーは、一揃いの配分の中から自己のシェアが最大(あるいは、最小)になるような基準ないしウェイトを選択する。

このようなプレイヤーの行動が実際の問題の中でもしばしば観察されることを、著者はChapter 1の中で既に例示している。そして、DEAの「可変ウェイト」の概念を利用することによって、プレイヤーの利己的なウェイト選択行動を線形計画問題として数学的に記述できる。
 以上の定式化の結果、“配分決定を巡ってプレイヤー間の意見調整が難航する状況”を“1からの乖離”という定量的な問題として表現することが可能となる。このように確立された理念型に対して、著者は新たに“Egoist’s Dilemma”という固有の名称を付けて呼ぶ。一般に広く知られる“囚人のジレンマ(Prisoner’s Dilemma)”では、行為の選択肢を「協力」か「非協力」の二者択一と見做したのちに、プレイヤーの利得(選好の序列)を割り振って問題を表現する。 対して、著者が見出したEgoist’s Dilemmaでは、全てのプレイヤーは目的を等しくする組織ないしコミュニティに所属しており、「非協力」者やフリーライダーは存在しない。にもかかわ らず、プレイヤーが個別に異なる基準を持ち合うことによって難問が発生する状況が表現される。この二つは、どちらかが正しくてどちらかが誤りという訳ではなく、そもそもの問題の捉え方が全く異なるものである。例え同じ問題を対象としたとしても、どちらの概念レンズを通して現象を観察するかによってその見え 方が大きく違ってくるのである。
 Chapter 3では、Egoist’s Dilemmaの問題から特性関数を具体的に作り、本論文における提携形ゲームを構築する。ゲーム理論が世に出て以来、著名なゲーム理論家たちが提携形ゲームの上で様々な解概念(コア、仁、シャープレイ値など)を提案してきた。多基準型の配分問題をこのフレームワーク上に載せることによって、先人達による優れた功績を現実の問題に応用できる可能性が広がるわけである。特にDEAとゲーム理論を利用することから、著者は本論文において構築するゲームを “DEAゲーム”と呼ぶ。これまで一般の提携形ゲームでは、主として経済的な効率性を目指す結合のみを「協力」として扱ってきたが、DEAゲームでは、複数のプレイヤーが集団として集団全体の価値基準を選択するような「協力」が表現される。プレイヤーが持つ基準や選好を「固定」して考える従来の理論に対し て、DEAゲームは、プレイヤーが持つウェイトを「可変」として扱う世界で初めてのゲームである。
 DEAゲームでは、一つのスコア行列の下で最大化(max)と最小化(min)の両側より異なる二種類のゲームが作られる。スコア行列によって枠づけられたプレイヤーの選好は、最大化と最小化の間のどこかに位置するはずであると理論的に解釈できる。すなわち、プレイヤーがとり得る選好可能領域の上限と下限でもって理論を組み立てようと試みた結果、考え出されたのがmaxとminから成るDEAゲームである。DEA minゲームは優加法性を満たし、DEA maxゲームは劣加法性を満たすことが証明される。そして、全体提携の特性関数の値が両方のゲームとも等しく1になることから、協力ゲームの解概念をそのまま配分率として利用できる。
 Chapter 4では、DEAゲームの解概念について調べた結果、DEA minゲームは平衡ゲームであり必ず非空のコアが存在することがわかる。さらに面白い性質として、如何なるスコア行列においても、DEA minゲームとDEA maxゲームの二つのシャープレイ値が完全に一致することが数学的に証明される(仁のケースでは必ずしも一致するとは限らない)。
 Chapter 5では、基本モデルの展開形を紹介する。基本モデルでは非常に緩い条件の下で各プレイヤーに自由なウェイト選択が許されているが、問題によってはウェイト選択をある程度制限する必要が出てくる。そのような場合、DEAの手法である“領域限定法”を適用することで対処できる。また、基本モデルでは全て正の値としてスコア行列を扱っているが、負の値として解釈すべき基準項目が混在するようなケースもある。この場合には、便宜的な方法として、Benefits-Costs(=Merit)という差の形式を導入することで対処できる。
 続いて基準項目数が二個の特別なケースを解析した結果、如何なるスコア行列においても、各々の基準項目に基づく二案を「足して二で割る」解とゲームの解(シャープレイ値、仁)が等しくなる。換言すれば、ORの代表的手法を利用し、あらゆるプレイヤー間の提携を考慮した上で算出した均衡解が、「足して二で割る」解と理論的に一致することが証明されるのであ る。なお、基準項目数が三個以上のときには必ずしもそのようにならない。
 さらに著者は、Chapter 5の最後においてDEAゲームのアプリケーションとしての利用手順を紹介する。特に著者は、問題解決ツールとして利用可能な計算ソフトを独自に開発している。
 Chapter 6とChapter 7はケース・スタディに充てられ、北大西洋条約機構(NATO)の防衛分担問題と国際OR学会(IFORS)の分担金問題を扱う。例えば後者の問題では、 50カ国近いOR学会によって構成されるIFORSの運営費は参加国の拠出金によって賄われており、各学会の会員数のみに応じて各国の分担金が定められている。しかし考えてみれば、所得の低い国のメンバーが裕福なメンバーと全く同じ金額を負担することは必ずしも公平であるとは言い難い。そこで著者は、新たに平均所得額を基準に加えて、多基準の環境下で問題を考えることを提案する。容易でないこの問題に対して、DEAゲームは一つの筋の通った決め方を提供で きる。
 Chapter 8で論文は締めくくられる。ゲーム理論が1944年に誕生して以来、社会科学の諸分野、中でもとりわけ経済学の分野において、多大な貢献を成してきたことは衆知の通りである。その後1978年にDEAが誕生して以来、少なからずの研究者がDEAをゲーム理論のスキームで再解釈しようと努力してきた。この流れに対して、本論文では、DEAの本質的部分を構成する概念を用いて、オリジナルな協力ゲームを多基準の環境下で再解釈してみせた。その意味で本論文は、より広範な社会科学の分野に寄与する可能性を持つ。
 
II. 審査要旨
 
 本論文の審査要旨を学術的貢献と政策面での貢献とに分けて述べる。
 
II.1 学術的貢献
 
 多基準型意思決定方法に属する包絡分析法(DEA)と協力ゲーム理論を組み合わせた新しい意思決定法を提案した点で貢献が認められる。両手法を用いたこれまでの先行研究は、DEAをゲーム理論のスキームで再解釈したものに止まっており、本論文は全く新しい試みである。
 Chapter 2においてDEAの基本概念である可変ウエイトに着目してEgoist’s Dilemmaという新しい社会的ジレンマを導出している。本来DEAは多入力、多出力系の企業体(プレイヤー)の相対的効率性を比率尺度によって計測す る手法であるが、その際、被評価者にとって最も都合のよいウエイト選択を許すことを前提としている。したがって、ウエイトはプレイヤー毎に異なってもよいとする。いま、入力が1つで値1をもつ特殊な系を考察した場合、DEAによる評価は多出力のスコアのうち相対的に最も優位なものを選択することに帰着する。そしてそのような選択を各プレイヤーが取るならば、配分問題において全体としてジレンマに陥ることを本論文は指摘している。このような新しい視点の発見は本論文によって初めてなされたものであり、独創性が高くまた学術的な貢献は大である。現実の社会的配分問題において決定が難航するのはこのようなジレ ンマの存在に由来する場合が多いからである。
 次にChapter 3においてこのようなジレンマを解決するための「DEAゲーム」という提携形ゲームを構築する。提携の特性関数を定義するにあたり、DEAの特徴である多 基準への可変ウエイトという方針を採用している。プレイヤーの「提携」を前提としたこの特性関数の定義は本論文の骨子をなす部分である。さらに、この DEAゲームには、分担金配分と利得配分に応じてminゲームとmaxゲームが存在することを示し、前者の場合ゲームが優加法性をもち、後者の場合ゲームが劣加法性を有することを証明している。また、プレイヤーが3人のmaxゲームはconcaveゲームであり、minゲームはconvexゲームであることを証明している。しかしながらプレイヤーが4人以上の場合maxゲームがかならずしもconcaveゲームでないことを反例を用いて示している。すなわ ち、提携形ゲームの枠組みの中でDEAゲームの性質を精査している。
 Chapter 4は本論文の核心の部分である。先ず、DEAゲームがbalanced gameであることから、そのコアが非空であることを示すとともに、ゲームの代表的な解としてシャープレイ値と仁を求める。さらに、minゲームのシャー プレイ値とmaxゲームのシャープレイ値が一致することを証明している。このことは本論文の成果の一つである。仁では必ずしも両者は一致しないことも例示 している。
 Chapter 5ではDEAの領域限定法を導入することにより、非現実的なウエイト選択を防止する方法を述べている。このことによりDEAゲームの実用性が強化される。 また領域限定法の下でもminゲームのシャープレイ値とmaxゲームのシャープレイ値が一致することを証明している。これも成果の一つである。さらにスコア行列の一部に負の値があるようなBenefits-Costsゲームを展開し、その解法を述べている。現実の多くの問題はこの形で現れることから、この展開は重要である。この章では2基準型の問題の解(シャープレイ値と仁)が「足して二で割る」ことによって簡単に求められることを証明しているが、これは大変便利でかつ実用的な解法である。古くからあるこの解決法が2基準問題に対しては提携形ゲームの理論解となっているという発見は興味ある事実である。ま たこの章で紹介しているDEAゲームの解法ソフトの開発はこの手法の普及に貢献するであろう。
 
II.2 政策面での貢献
 
本論文のChapter 6とChapter 7はケーススタディにあてられている。
 Chapter 6ではNATOの防衛費分担問題(burden sharing)というホットな案件を取り上げ、DEAゲームによる分析を試みている。この問題をめぐってはDEAによる(ゲーム理論ではない)先行研究 が2,3なされているが、そこでは加盟国間の提携という重要な要素が見落とされている。本論文によって初めて提携が導入され、DEAゲームとしての具体的 な試算がなされたことになる。モデルとしては、Benefits-Costsゲームを用い、領域限定法を採用している。この方面の研究にブレークスルーをもたらすもので政策面での貢献が大である。
 Chapter 7では国際OR学会(IFORS)の費用分担問題を取り上げ、現行の単一基準(会員数)による分担率の不合理性を指摘した上で、2基準(会員数、GNI) によるDEAゲーム解を算出している。同様な問題は国際連合をはじめとする各国際機関にも発生しており、本論文の政策面での活用が期待される。
 
III. 結論
 
 以上の審査要旨から理解されるとおり、本論文は高度の学術的水準を保持するもので本学が要求する次の基準を満たしている。

 

(i) policy-relevancyを有するものであること
(ii) 国の内外の当該学術分野の研究動向や先行研究を踏まえ、かつオリジナリティーを有するものであること
(iii) 査読制を有する学術誌に掲載が予定されていること(Omega (International Journal of Management Science)に採択済み )

 

 よって理論および政策分析の双方において博士論文にふさわしい学問的業績であると考える。審査委員会は、本論文の査読及び発表会での報告と質疑応答のすべてに鑑みて、博士(政策研究)の学位を授与することが妥当であると結論する。

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