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The Impacts of Traders and Credit Access on Firm Performance: A Case Study of Garment Manufacturers in Kenya

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: John Ebenyo Akoten
学位名: 博士(国際開発研究)
授与年月日: 2005年3月25日
論文名: The Impacts of Traders and Credit Access on Firm Performance: A Case Study of Garment Manufacturers in Kenya
主査: 大塚啓二郎
論文審査委員: Kaliappa Kalirajan
福島隆司
朽木昭文(アジア経済研究所研究部長)
大山達雄
園部哲史

I.論文内容要旨
 
 世界各地で産業集積が形成されその多くが発展に成功していることから、集積研究は経済開発論の重要な研究領域の一つになりつつある。アフリカにおいても、アパレル、靴、家具、自動車修理、金属加工等の産業集積地が存在する。しかしながら、アフリカの産業集積について厳 密な数量分析を行った研究はこれまでほとんどなかった。
 そこで本論文は、ナイロビ(ケニア)市内にあるアパレルの3つの集積地を対象に企業レベ ルのデータを収集し、その行動的特徴を統計的に分析しようとするものである。このナイロビの集積地では市政府が建設した市場(いちば)(体育館のような大きな建物)の中に、もともとは一般消費者を対象とした「洋品店」(テイラー)のような家内工業的零細企業が数多く存在した。今でも彼らは商品を売る店の奥 で、2‐3台のミシンを使って2‐3名で生産を行っている。しかし現在ではそうしたテイラーとともに、市場の外で小規模な工場(Workshop)生産を 行う企業が存在する。これらの企業の平均従業員規模は、中国製品との競争に負けつつあるために減少傾向にあるという事情も加わって、4.5人ときわめて小規模ではある。こうした企業は、ケニアの地方や近隣諸国からやってくる商人を主要な顧客としている。
 本研究の第一の目的は、どのような企業が商 人との取引を活発に行い、その結果として企業の経営効率がどれほど向上しているかを明らかにすることである。第二の目的は、資金源としての銀行、マイクロ クレディット、高利貸し、講(Rotating Saving and Credit Association, 以後ROSCAと呼ぶ)の相対的重要性を明らかにし、その上でそれぞれが企業の資金制約をどれほど緩和しているか、さらにそれが企業のパフォーマンスにど れほどの影響を与えているかを解明することである。
 博士論文の構成は以下の通りである。
 
Table of contents
Abstract
Dedication
List of Figures
List of Tables
Acknowledgements
 CHAPTER 1: Introduction
 CHAPTER 2: Literature Review and Theoretical Framework
 CHAPTER 3: From Tailors to Mini-Manufacturers: The Role of Traders in the Transformation of Garment Enterprises in Kenya
 CHAPTER 4: Credit Access and Its Impacts on Firm Performance in Kenya
 CHAPTER 5: Conclusion, Policy Implications, and Future Research Directions
APPENDIX A: An Integrated Analysis
APPENDIX B: Measurement of TFP Index
BIBLIOGRAPHY
 
  まず第一章では、本研究の意義、目的、そして論文の構成について説明が行われている。そこでは、アフリカでは家内工業的零細企業が多いのはなぜか、アジア 等の他地域の発展途上国では産業集積の発達が見られるがアフリカではなぜ発展する集積が少ないのか、さらにはアフリカにおける産業集積のメリットとは何かを解明することが、本研究の根底的な目標であることが述べられている。本研究では、商人との取引やROSCA等の信用へのアクセスに焦点をあて、それらが 企業経営の効率性やその成長に対してどのような影響を与えているかを解明したいとしている。
 
 第二章は文献サーベイにあてられている。そこでは(1)企業成長論、(2)産業集積論、(3)アジアとラテンアメリカにおける産業集積の実証研究、(4)アフリカにおける産業集積の実証研究、(5)制度と取引費用の関わりについての研究に分類し、膨大な量の既存文献の評価と整理が行われている。それを受けてこの章の後半では、研究対象地域の紹介、本研究の分析的枠組み、さらに商人と信用へのアクセスの役割に関する仮説の提起が行われている。
 
 商人の役割に関する仮説は、(1)能力が高くかつ社会的ネットワークを有している生産者ほど、商人によって取引相手として選ばれる可能性が高く、(2)商人と取引している生産者ほど市場(いちば)の外で小規模な工場生産を行い、多少とも量産を行うために電動式のミシンを使い、単価の高い製品を生産している傾向が強く、(3)その結 果、商人と取引をしている生産者ほど経営効率が高くかつ高い利潤を獲得している、というものである。信用へのアクセスに関する仮説は、(4)信用制約は企 業の採算性を低め、企業成長を妨げる、(5)若くて経験の乏しい生産者は知人や親戚から資金を借り入れる傾向が強い、(6)経験はないが社会的なネットワークを有している生産者はROSCAのようなインフォーマルな信用制度を利用し、経験のある生産者は銀行のようなフォーマルセクターを利用する傾向が強い、(7)ROSCAのようなインフォーマルな信用制度を利用している生産者は、それによって信用制約を大きく緩和している、というものである。なおこの章の最後の節では、商人との取引に関する分析と信用に関する分析がどのように関連しているかについて、議論が展開されている。
 
 第三章 では、もともとは市場(いちば)の内部で生産を行っていたテイラーが、商人と取引を行うようになると外部に工場を持つミニ製造業者(Mini- manufacturer)になる傾向があるという基本的な主張の妥当性を検証している。その理由は、商人は消費者に比べて同じ製品をより大量に買い付ける傾向があり、彼らを顧客とする生産者にとっては「少品種大量生産」が有利になるからである。他方テイラーは、家庭の主婦のような最終消費者が顧客のために、品揃えを豊富にする目的で「多品種少量生産」を行う傾向が強く、その結果、家族労働に依存する家内工業的な零細企業の色彩を強く残すことになる。そのためにテイラーは、ミニ製造業者よりも採算が悪い結果になる。こうした議論の妥当性を実証するために、まずデータの収集方法について説明し、テイラーとミニ製造業者の企業としての経営の相違や、経営者の経験や教育等の個人特性の相違について、丹念に叙述的な統計分析が行われている。続いて第二章で提起され た仮説を検証するために、3種類の回帰分析が行われている。第1は、売り上げに占める商人への販売比率の決定に関する回帰分析である。第2は、商人への販 売比率を内生化した上で、商人との取引比率の高い企業ほど、外で工場を経営する確率が高く、電機式ミシンを使用している傾向が強く、製品単価が高いか否か に関する回帰分析である。第3は、資本収益率と総要素生産性を従属変数とした回帰分析である。推定結果は良好であり、いずれの仮説も支持されている。こうした分析結果は、これまでの研究ではさほど注目されてこなかったが、流通部門の効率性が生産部門の効率性を決める重要なファクターであることを強く示唆す るものである。
 
 第四章では、信用へのアクセスと企業のパフォーマンスとの関係が分析されている。前章と同じように、この章もデータの説明からはじまり、どのような生産者がどのようなソースから信用を得ているか、またソースによってどれほどの頻度でどれほどの金額の信用が供与されている かの叙述的統計分析がある。それに続いて4種類の回帰分析が行われている。第1は、信用制約の有無に関する回帰分析であり、第2は信用制約がある場合とな い場合の企業のパフォーマンスの相違に関する回帰分析である。なおパフォーマンスの指標として利潤率と雇用成長率が用いられている。第3はソースごとの信用獲得の有無に関する回帰分析であり、第4は信用獲得の信用制約への影響に関する回帰分析である。推定結果によれば、企業規模が大きく、創業が古く、生産者の年齢が若く、親戚が同業者に多いほど信用制約は弱く、そうした企業は利潤率が高くなりかつ雇用の成長率も高い。さらに、経営者が若く企業自体も新しい 場合、信用の供与先は知人や親戚が多いが、若い企業でも経営者が女性の場合や同業者に親戚が多い場合にはROSCAに参加する可能性が高くなり、他方で古 い企業はマイクロファイナンスに参加する傾向が強まるが、古い企業でも老舗で経営者の教育水準が高くなると銀行借入の機会が増大するという推定結果が得られている。より興味深い分析結果は、信用の中でもROSCAが信用制約をとりわく大幅に緩和しているということである。言うまでもなくROSCAが機能するには、資金を得た参加者がその後も講に参加しつづけることが絶対条件であり、参加者間の信頼関係が決定的に重要である。上記の分析結果は、ナイロビのア パレルの集積地でもそうした人間関係が生産者の間で確立されており、それが信用制約を緩和し、結果的にそうした生産者の良好な企業パフォーマンスにつな がっていることを示している。
 
 最終章である第五章では、結論、政策的含意、将来の研究課題が述べられている。本研究では集積地のみが 分析対象であり、集積地のメリットは直接的には分析されていない。しかしながら、ナイロビのアパレルの集積地で生産者と商人の取引関係が成立していることは、集積地内では取引費用の削減を通じて、流通システムの効率化がはかられていることを強く示唆するものであろう。またそれが企業の業績の向上につながっ ていることは、集積地の育成と強化を行うことが、産業発展につながる一つの道筋であることを示すものである。また集積地内部で人間関係を機軸とした講が発達し、それが企業パフォーマンスを高めていることを考えれば、産業集積の一層の発展を政策的にサポートすることが重要であることになろう。そのためには、 インフラを整備し流通部門の発展を促進しながら、技術的なサポートを行い、産業集積の発展を促進することが肝要であろうという結論が得られている。そして最後に、今後とも実証研究を重ねることがアフリカにおける適切な産業発展戦略の策定にとって、決定的に重要であることが指摘されている。
 
II. 審査要旨
 
  本研究は、丹念な企業レベルの資料収集をベースに、厳密な計量経済学的な分析を行った貴重な実証研究である。データの質の高さは、分析結果がきわめて良好 であることに表れている。特に、信用のような企業が公表を拒みがちな事柄についても、信頼性のあるデータを入手したことは高く評価されてしかるべきである。審査委員の間には、回帰分析の決定係数が低いことから統計分析の信憑性に疑問を呈する者もいたが、個別企業のデータを用いた分析としては決定係数が特 に低いとは思われない。
 産業集積地あるいはそれに依存する産業の発展にとって、商人との取引が重要であるという発見は、少なくともアフリカ研究では独創的であり、その貢献は高く評価できる。また、ROSCAのようなインフォーマルな信用部門が企業のパフォーマンスに大きく影響することを解明したことも大きな貢献である。全体としてこの研究は、アフリカにおける産業発展の研究に貴重な一石を投じたものとして高く評価できる。
報告は明快であり、質問に対する対応もおおむね適切であった。なお報告会では、(1)この研究は集積地と非集積地を比較するものではないことを明記し、(2)仮説の数が多すぎるので集約し、(3)論文のタイトルから「産業集積」(Cluster)という表現を削除し、(4)中規模の企業がアフリカでは少ないという Missing Middle の議論は関連性が薄いので強調を減らし、(5)結論と統計分析の結果が整合的であることを確認し、(6)報告で用いた「基 本仮説」と称するものはミスリーディングであるので削除すべきである、というコメントが寄せられた。最終稿ではいずれの点についても適切な修正が加えられ ており、博士論文としての完成度が一層高まっている。
 
III. 結論
 
 以上の審査要旨から理解されるとおり、本論文には博士論文にふさわしいオリジナリティの高い学問的業績が含まれている。そこで審査委員会は、本論文の査読及び発表会での報告と質疑応答の評価に基づき、John Ebenyo Akoten氏に博士の学位を授与することが妥当であると結論する。

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