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財政規律と予算制度改革 ―予算制度の国際比較及び計量的分析―

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 田中 秀明
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2010年5月13日
論文名: 財政規律と予算制度改革 ―予算制度の国際比較及び計量的分析―
主査: 飯尾潤教授
論文審査委員: 福島隆司教授
竹中治堅教授
待鳥聡史教授(京都大学)
土居丈朗教授(慶應義塾大学)

I. 論文内容要旨
 序章は、研究の基本的な枠組みを解説しているが、問題関心としては次のようなこと が述べられている。日本では、これまでも幾度となく財政再建への取組みが行われているが、バブル期の特例公債依存脱却を除いて、いずれも失敗している。他方、多くのOECD諸国は、90年代に財政再建を進め、財政収支は劇的に改善した。日本はなぜ財政再建に失敗しているのか、国によりなぜ差が生じているのか、財政再建に成功してもなぜそれを維持できないのかという問題関心から、財政再建に失敗している本質的な理由は予算制度にあるのではないかという問いが立てられた。そして、財政再建へのコミットメントに影響を与えるのは、予算制度からのルート及び経済・政治・社会的な外的要因のルートの2つが想定された。日本において、財政政策の効果などについての研究は多いが、予算制度を対象とする研究は、部分的なものや80年代に行われたものが多く、近年の計量的な研究はほとんどないので、貴重な研究であるといえる。
 第1章では、1980年代から 2000年代半ばまでの、日本を含めた OECD諸国の財政動向を俯瞰している。OECD諸国全体を通しての特徴は、1990年代に顕著な財政再建が行われたことであり、それは、規模や持続期間において、1980年代や 2000年代前半のそれを上回るものであった。また、財政収支の改善は、通常、支出と収入の両面にわたるが、90年代の財政再建課程は、支出削減のウェイトが他の時期と比べて高かった。こうした OECD諸国の財政の動きと比べると、日本の財政は特異であり、80年代及び 2000年代前半に景気調整済基礎的収支を改善させているが、2つの財政再建の事例はともに収入面により大きく依存したものであり、支出面のコントロールが弱いことが観察される。
 そして、第2章では、先行研究をサーベイしながら財政赤字と予算制度に関する理論や概念を整理するとともに、本研究の分析の枠組みを定義した。すなわち、財政赤字が 生じる理由についての理論的・実証的研究を整理し、ついで、予算制度に関する基本的な概念を整理したうえで、本研究の分析のモデルを解説し、検証すべき仮 説が提示された。第3章では、日本の財政の動向を分析するとともに、日本の予算制度の特徴や問題を分析した。第1に、財政ルールの問題である。財政法上の赤字ルールも一般政府レベルの赤字ルールも、景気変動に対応して安定的に財政運営を行うためのメカニズムに欠けており、またルールそのものが形骸化している。毎年の予算編成の評価基準は、一般会計当初予算の対前年度当初予算比である。このため、予算の経済へのインパクトは、一般的な傾向として、当初予算は前年度決算比で抑制、補正予算は当初予算比で増額というサイクルを繰り返すものになっている。
 第2に、赤字ルールを遵守させるメカニズム、あるいはコミットメントを維持させる手段が不十分である。この点が、我が国の予算制度に内在する根本的な問題で あり、①成長率や歳出・歳入の予測誤差、②支出ルールの信頼性、③中期財政フレームの3点が関係する。①名目成長率の予測は常に過大であったが、楽観的な予測は、当初予算では財政赤字を過小に見積もることになり、結果として、財政赤字が拡大する。②支出ルールについては、シーリングが、一般会計の一般歳出の当初予算のみを対象とするため、予算編成を歪め、財政規律を低下させている。シーリ ングによって生じている基本的な問題は、予算編成が、当初予算偏重、一般会計偏重、単年度偏重になっていることである。③中期財政フレームの問題は、それが単なる見通しに過ぎず、将来の支出を拘束していないことである。財政再建に成功した国においては、中期財政フレームの枠の中で新年度の予算編成が行われるが、日本は、予算編成が終わった後に中期財政フレームを作成するプロセスになっており、主従が逆転している。また、中期財政フレームに関連して、財政 ルール遵守についての事前のリスク分析、成長率などのパラメーターの妥当性の検証、ベースラインの作成と評価、支出収入の予測と実績の乖離の分析などを行 い、政治的なバイアスを出来る限り抑制する必要があるが、日本にはそうした仕組みは皆無に近い。予算・財政の透明性が低いため、政治的な影響力に弱い。
 第3に、意思決定システムの問題である。予算編成はそのときどきの首相や財務大臣などのプレーヤーや政治情勢にも左右される。財政ガバナンスが低下している 一つの理由は、政府の内外に拒否権を発動するプレーヤーが存在することであるが、それ以上の問題は、財務大臣や首相、そして内閣が予算や税制についての意思決定に十分な権限を行使できない、ときには自ら行使しないことである。財政収支を被説明変数、経済変数・政治変数を説明変数として、回帰分析を行い、日本における政治的な断片化が財政パフォーマンスに与える影響を分析した。統計的には、有効政党数や派閥数・与党政党数などは総じて有為ではなかったが、首相在職日数や大臣数の影響力が検出された。
 第4章では、OECD主要国の予算制度改革と財政パフォーマンスを検討した。そこでは10ヶ国それぞれの予算制度改革に関連して、①背景・経緯・結果(経済 財政状況、財政赤字の原因、改革の理由、政治体制の変化、財政赤字や債務残高の変化など)、②改革の内容・方法(財政ルール、中期財政フレーム、予算の意 思決定システム、透明性など)、③評価・課題(成功と失敗の要因など)の3点を中心に整理した。
 第5章では、第3章で明らかにした日本の予算制度の問題を、更に、国際比較を通じて検証した。2000年以降、 OECD諸国の中では、1990年代に財政黒字を達成し、2000年代半ばまでそれをほぼ維持している国(豪、加、蘭、 NZ、スウェーデン)と財政赤字が拡大している国(仏、独、伊、英、米、日本)が存在する。これらの国の相違は、前者の国では、政治的コミットメントを維持するための予算制度改革が行われたのに対し、後者の国では、それが不十分だったことである。前者の国では、政策立案者が繰り返し、あるいは定期的に、財政ルールや目標の設定に関与する「事前のコミットメント」を行う仕組みがあり、また、財政ルール・目標の遵守を監視する仕組みである「事後のコミットメン ト」が存在している。これらのコミットメントに関して重要な手段が中期財政フレームである。中期財政フレームにおいて事前に財政ルール・目標が設定され、 その遵守状況が同フレームにおいて事前及び事後に検証できるようになっていることが鍵である。国際比較を通じて、財政ルール、中期財政フレーム、予算の意 思決定システム、透明性のいずれについても、日本のそれは他国より問題があることが示された。
 終章では、各章のまとめと結論を述べるとともに、補論として、予算制度改革と財政当局の役割・機能について論じた。日本でもこれまで幾度となく財政再建が試みられているが、そのほとんどが失敗している原因は、日本ではコミットメントに影響を与える2つのルート、つまり第1に、プレーヤーに、財政ルールや目標の遵守を繰り返し認識させる「事前のコミットメント」を促すメカニズムが弱いこと、第2に、中期財政フレームに基づく「事後のコミットメント」に関する予算制度が、ほぼ欠如していることである。  
 
II. 審査結果報告
平成22年7月1日(木)16:00-17:45の博士論文最終報告に引き続き、主査である飯尾潤教授、副査である待鳥聡史教授(京都大学)、土居丈朗教授 (慶應義塾大学)、福島隆司教授、竹中治堅教授による審査委員会が開かれた。この際、本論文について、次のような意見が出された。

 

  1. 大量の文献に当たっているだけではなく、関係の計量データを用いて実証的な研究を行い、また比較研究の対象国も10カ国に上るという極めて広範な射程を持つ研究であって、なかなかまねのできない労作である。

  2. 現実的な問題関心から出発しており、政策的なインプリケーションについても、十分な意義のある研究である。

  3. さまざまに意味の異なる分析がひとつの論文にまとめられているために、章ごとの議論がわかりにくいので、位置づけを整理して示すべきである。 

  4. 予算制度改革を実現するインセンティブについての議論に、もう少し周到な論理構成が必要である。

  5. 日本における今後の財政再建に関して、歳出抑制と増税の関係についての説明がなされることが望ましい。

  6. 論旨の展開に限必要な最低限の図表だけを掲載するなど、表現を簡略化する必要がある。

 

 全体として、本学の博士にふさわしい内容であると全員の意見が一致し、上記で指摘された諸点について修正したうえで、博士(政策研究)= Doctor of Policy Studies の学位を授与すべきであるという判断が下された。論文修正後の措置に関して、最終版承認の判断は主査にゆだねられた。その後、平成22年7月21日に修正 した最終版が提出され、主査が適切に修正されていることを確認した。  

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