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学習者同士のインタラクションが日本語学習に及ぼす効果—社会文化理論の観点から—

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 王 文賢
学位名: 博士(日本語教育研究)
授与年月日: 2011年3月23日
論文名: 学習者同士のインタラクションが日本語学習に及ぼす効果—社会文化理論の観点から—
主査: 横山紀子連携教授
論文審査委員: 横山紀子連携教授(主査:国際交流基金)
久保田美子連携教授(副査:国際交流基金)
野山広教授(副査:国立国語研究所)
大山達雄教授
今野雅裕教授
文野峯子教授(人間環境大学)

I. 論文要旨
 ヴィゴツキーの社会文化理論によれば、認知と知識は人と人の間の社会的インタラクショ ンを通して構成されるという。近年、第二言語学習・習得研究の分野で、社会文化理論の観点から、ペアワーク(或はグループワーク)によるタスク遂行の過程で生じる学習者同士の協働対話(collaborative dialogue)が第二言語学習・習得に重要な役割を果たすとされ、その効果が検証されている。また、協働学習の観点から、タスク遂行における学習者同士の役割やインタラクションパターンが調べられている。さらに、習熟度の異なる学習者同士のペアについて、習熟度の違いがインタラクション及び学習成果に もたらす影響が注目されている。
 中国国内で学ぶ学習者は基本的に教師主導型の授業を受けていることが多く、協働学習の経験はまだ少ない。また、 学習者同士で作文を推敲する「ピア・レスポンス」に関する先行研究から、中国人学習者がペアワークに対して、次のような不安を抱いている可能性が示唆されている。①互いに不確かで不完全な第二言語の知識を持つ学習者同士が果たしてペアワークで学びあえるのか。それよりも確かな知識を持つ教師から学んだほうが効率的ではないか。②相対的に習熟度の高い学習者からは学べるかもしれないが、習熟度の高い学習者が果たして習熟度の低い学習者とのペアワークから受益 するのだろうか。
 
 本研究では、以上の背景を踏まえ、中国で日本語を専攻する大学生44人を対象に2ヶ月8回にわたり、200字程度の 短いテキストを聞いて、それをペアで再構築するというディクトグロスタスクを行った。ペア編成にあたり、まず、44人の学習者を習熟度の高いH群11人、 習熟度が中程度のM群22人、習熟度の低いL群11人に分け、次に、M群の学習者をランダムに11人ずつ分けて、それぞれH群とH-Mペア、L群とM-L ペアを組ませた。このように、習熟度の異なる学習者同士がペアで、共同タスクを行った。以下、H-MペアのMをM(H)、M-LペアのMをM(L)と呼 ぶ。
 本稿は、3つの研究からなっている。研究1では、パートナーの習熟度の違いは協働対話及び学習成果に影響を及ぼすかという課題を追及した。 研究2では、習熟度の異なる学習者が協働対話においてそれぞれどのような役割を果たし、協働学習を実現するかを研究課題とした。研究3では、ペアでディク トグロスタスクを行う活動を繰り返し経験することで、協働学習活動に対する学習者の意識が変わるかを調査した。研究1及び研究2の課題に回答するため、 「受身表現」、「可能表現」、「てくれる」、「てしまう」、格助詞後の「は」、連体節及び連用節の主格「が」という7つの日本語文法項目に焦点を当てて、 調査を行った。また、研究3のために、事前・事後アンケート調査とフォローアップインタビューを実施した。その結果、以下のことが明らかになった。
1)研究1に関して:
 パー トナーの習熟度の高低に関わらずH-MペアとM-Lペアに共通して、「受身表現」、「可能表現」、「てくれる」及び「てしまう」に関する協働対話を多く行い、3群の学習者ともこれらの項目の習得を進めることができた。また、「てくれる」においては、習熟度の低い学習者(L)をパートナーとしたM(L)が習 熟度の高い学習者(H)をパートナーとしたM(H)より進歩が有意に大きかった。つまり、習熟度のより高いパートナーからも、習熟度のより低いパートナーからも受益するが、習熟度の低いパートナーを支援することを通してより一層受益する可能性が示された。一方、格助詞後の「は」、連体節及び連用節の主格 「が」については、問題が生じたにもかかわらず、H-MペアとM-Lペアに共通して、あまり協働対話を行わず、学習成果においても習熟度の高低による違いが見られた。
2)研究2に関して:
 学習者同士が双方向的に多様な支援を行っていたが、相対的に習熟度の高い学習者が支援を提供する熟達者 (expert)としての役割を果たすことが多かったのに対し、相対的に習熟度の低い学習者は支援を受ける初心者(novice)としての役割を果たすこ とが多かった。学習者は支援を提供することからも支援を受けることからも受益し、協働対話による協働学習を実現することができた。また、学習者同士が相互 に自発的に支援したり、依頼されたことに応答支援を提供したりすることで、第二言語習得に重要な認知活動とされる「注意」、「気づき」、「仮説検証」を通 して中間言語が再構築される過程について考察した。
3) 研究3に関して:
 今回の協働学習活動を経験することによって、全般的に協働学習活動に対して、より一層肯定的になり、好感度が高まった。また、「講義を聞くより集中力が高まる」こと、「日本語の学習効率がいい」こと、及び「クラスメートの理解が深まり、友情が深まる」ことに対しては、より強く認識するようになった。さらに、協働学習の成否に重要な要素と考えられるパートナーに関し ては、事前アンケートでは仲がいいという点が大事だという意見が多かったが、事後には、むしろ協力的な姿勢が最も大事だという意見に変わった。それに関連して、パートナーの日本語のレベルについても、自分と同程度或いは自分より上でなければならないというよりも、インタラクションを行ったり、議論したりすることが重要視されるようになった。
 本研究は、学習者同士の協働対話が重要な第二言語学習のリソースである証拠を示すことができた。また、習熟度の異なる学習者が協働対話を通して相互の学習に貢献し、互恵的な協働学習を実現することを立証した。さらに、学習者がお互いのインタラクションによる主体 的な学習形態を好むことも示した。よって、教師はこのような学習者同士のインタラクションを促す共同タスクを教室活動の一部として積極的に取り入れ、従来 の教師主導型・知識伝授型の授業形態を改善するための材料を示すことができた。
 
 なお、本研究に関連する研究業績としては、以下の発表と論文がある。 王文賢(2010)「協働学習に対する学習者の意識変化―2ヶ月の実践による縦断調査―」世界日語教育大会(台湾政治大学にて発表)
王文賢(2010)「習熟度が異なるペアにおける協力的対話と日本語の習得の効果―7つの文法項目に焦点を当てて―」『日本言語文化研究会論集』第6号
 
 
II. 審査結果報告
 本論文の最終報告に引き続き、平成23年1月31日(月)15時より審査委員会が開催された。審査委員は、横山紀子連携教授(主査:国際交流基金)、久保田美子連携教授(副査:国際交流基金)、野山広教授(副査:国立国語研究所)、大山達雄教授、今野雅裕教授、文野峯子教授(人間環境大学)の6名であった。 本研究を評価する点としては、以下が挙げられた。

 

  1. 中国では、急速な経済発展を背景に、大学がもはや従来のような少数精鋭の教育の場ではなくなり、大学の大衆化が進んでいる。その結果として、同じ大学、同じクラスに属しながら学生間の能力差・習熟差が教員にとって大きな課題になっている。中国で伝統的に行われてきた教師主導、知識伝授重視の指導方法は、エリート層には通用しても、大衆化した現在の大学では効を奏さず、落ちこぼれの問題も教員の悩みの種になっているという。また、二十数年来の人口統制により「一人っ子」世代が大学生となる中で、兄弟不在の家庭で育ち、同世代の仲間との協働に不慣れな大学生に手を焼く教員も少なくない。こうした現代中国の大学事情を考えると、本研究が主題とする「協働学習」は非常に時宜に適った研究テーマである。特に、習熟度の差が目立つクラスを有機的に運営するためには、習熟度の異なる学習者同士が互恵的に学べることを、実際の授業実践を通して検証した本研究の実践的意義は大きい。

  2. 習熟度の異なる学習者ペアが相互に学び合う実態を明らかにし、特に習熟度が上位の学習者とペアを組むよりも、下位の学習者と組んだほうが学ぶもの が多いことを示した点は極めて興味深い。特に、「学ぶのは教師からであって不確かな知識しか持たない学習者からではなく、ましてや自分より下の学習者から は学べまい」という中国ではいまだ根強い協働学習に対する不信に対して反証を挙げた意義は大きい。

  3. ヴィゴツキーの社会文化理論を第二言語習得研究に援用した研究、特にスウェインの「アウトプット仮説」を巡る研究は、言語学習の革新的な部分を扱っているにも関わらず、これまで日本ではほとんど研究が行われていない。本研究は、英文の先行研究を丹念に調べた上で、日本の日本語教育では初めて「ア ウトプット仮説」を援用した実証研究として価値が高いと思われる。

  4. 習熟度の異なるペア間の協働学習を評価するに当り、その学習成果(成績の上昇)から検証するに留まらず、実際に協働学習を体験した学習者の心理面・意識面にも注目して意識調査を行い、学習者の受け止め方が肯定的であることを確認している。このことは、今後、中国において協働学習を普及、発展させていく上で重要である。

  5. 論文の構成や論理構成も明確で、わかりやすい。

 

一方、以下のように、今後への課題も指摘された。

 

  1. 日本語学習において協働学習が果たす役割(目標、効果、形態、期間等)についてより詳細に論じ、その中で研究1~3がどのように位置づけられているのか、加筆してほしい。

  2. 結果の考察や解釈には少し乱暴な点がある。具体的には、先行研究で重要な要因として挙げられているインタラクション・パターン、パートナーについての認識、協働学習についての意識などの観点を考察や解釈に盛り込んでほしい。

  3. 結果分析やその記述、論文の形式面などにやや精密さに欠ける部分があるので、加筆修正の際には十分な推敲を念入りにしてほしい。

 

以上のコメントを受けて、著者は必要な加筆修正を施した修正稿を提出し、主査の最終確認を経た上で博士論文最終版を提出した。

〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1

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