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文化多様性条約の研究-ユネスコの文化に関する国際法規範の発展と関連して-

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 佐藤 禎一
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2009年4月22日
論文名: 文化多様性条約の研究-ユネスコの文化に関する国際法規範の発展と関連して-
主査: 飯尾潤教授
論文審査委員: 河野俊行教授(九州大学)
白石隆教授
垣内恵美子教授

I. 論文内容要旨
 
 本論文は、ユネスコの場で2005年に成立した文化多様性条約を主たる対象として、文化に関する国際法規範の発展について、具体的に検討したものである。構成としては、はじめに文化に関する国際法規範がどのように発展してきたのかを概観するとともに、ユネスコにおいて先行した他の条約の内容を紹介した後、文化多様性条約が提案されるに至った事情について具体的に紹介し、この 条約がいかなる交渉によって成立したのかが具体的に記述される。そのうえで、文化多様性の国際法としての特徴について5点の論点にわたって議論を展開し、さらに文化多様性条約の具体的な内容に沿って、どのような論点が存在するのかを明らかにした。最後に、当該分野における今後の課題を指摘することで、本研究の政策的含意を論じている。
 より詳しく内容を紹介すると、序章では論文全体を貫く問題関心として、未だに十分な研究が行われていない、文化に 関する国際法規範の具体的な研究を行うことによって、その実態を明らかにするとともに、今後の方向性に対する政策的含意を引き出すという実務的関心が強調されている。
 第1章では、そもそも文化に関する国際法規範としては、どのようなものが存在してきたのか、どのような法形式を取るのかという議論の整理がなされているが、ユネスコの構造などに言及しながら、一般にあまりなじみのないこの分野の紹介が行われている。そのうえで、先行する、世界遺産条約(1972年)、水中遺産条約(2001年)、無形遺産条約(2003年)の概要と論点の整理を通じて、具体的な形で当該分野のあり方が解明されてい る。
 第2章では、文化多様性条約提案にいたる前史として、ユネスコにおける「文化」についての認識の変遷や、関連するユネスコの活動の紹介をふまえて、「文化多様性に関する世界宣言」が成立した過程と、次の動きが表れる経緯が具体的に記述されている。
  第3章は、本論の中核をなす部分で、文化多様性条約の成立過程を、詳細にわたって論じている。世界宣言を受けて、条約の草案づくりが始まったところから原案が策定されるまでが、ユネスコにおける手順などをふくめて、詳しく説明され、鍵となる参加者の動きを含めて、交渉経過が順に解き明かされている。通常このような過程が丁寧に記述されることは少なく、その意味で大変興味深い部分となっている。そのうえで、ユネスコ第33回総会での交渉経緯が記述される。ここでは、WTOなど他の国際法規範との関係を懸念して消極姿勢を取ったアメリカと他の推進国との駆け引きを軸に、具体的な交渉経過が整理されるとともに、 関係する原資料が注記の形で記録にとどめられている。
 第4章では、文化多様性条約の内容と特徴が、整理された形で示される。特徴として強調されることは、この条約が文化に関する国際法規範の世界に、新たな局面を開いたものであると同時に、文化的側面と経済的活動の側面との間の緊張関係を軸として成立したものであり、その点に注意を向けて議論されるべきであるとされる。また、紛争処理のメカニズムや、EUのメンバーシップといった論点があったことも指摘される。そのうえで、条約の条文に沿って具体的な問題が詳細に分析されており、当該条約に関する良質の解説にとどまらず、国際法の観点から当該条約 の構造を解明することとなっている。
 第5章では、このような分析をもとに、文化に関する国際法規範に関する今後の課題について、具体的な形で、 政策的含意に関する議論が展開される。そこでは、条約の文面を越える条約の意義を強調し、文化財保護法制の体系化の必要性、「文化権」に関わる議論の再検討の必要性、「持続可能な発展」という概念に関してこの条約が果たした積極的な意義を理解する必要性、知識社会の幾重を念頭に置いて今後の議論を展開する 必要性が指摘され、全体として世界を通じた総合的な文化政策を検討する必要性があることが論じられている。
 全体として記述が具体的で、さまざまな点で新たな情報が提供され、それは注記や付録という形で、資料が紹介されていることによって補強されている。
 
II. 審査結果報告
 平成21年3月13日(金)16:00-17:30の博士論文最終報告に引き続き、主査と審査委員による審査委員会が開かれた(事情により白石教授と垣内教授は書面参加)。この際本論文について、次のような意見が出された。
 

  1. 本論文は著者の駐ユネスコ大使としての経験を存分に生かして、「文化多様性条約」の成立過程を立法過程的な関心を軸にしながら、総合的に解き明かしたもので、研究の少ないこの分野において、具体的かつ正確な情報を提供する研究として貴重なものである。

  2. 単なる条約の解説にとどまらず、関連する条約の整備過程が詳しく論じられており、ユネスコの活動に焦点を絞っているとはいうものの、文化に関する国際的規範の発展過程を解き明かす研究となっているところも高く評価できる。

  3. 対象となる条約と、WTOなど他分野の条約との関係において、複雑な国際的な駆け引きが起こることを、アメリカの動きを中心に解明しているところは、条約の成立過程に関する研究として興味深い点であり、一般的な含意もある。

  4. 著者の関心を反映して、一般的な国際法や国際関係に関する研究への言及が少ないのはやや問題であるが、当該の分野の研究蓄積が少ないこともあり、 許容範囲であると考えるが、論文として脚注の付け方など形式的な問題もあるので、最終稿までに修正が必要である。なお、著者は既にパリの国際関係戦略学院 において、博士候補の資格を得ており、学術的な訓練を受けていることは証明されている。

  5. さらに、ソフト・ロー段階における国際規範に対する日本の反応の鈍さ、文化的発信機能の強化の課題、WTOなど他の条約との関係に関わる駆け引きのさらなる叙述、などが期待される加筆点として指摘された。

 

 審議の過程での説明や質疑を通して、当該分野における十二分の知識と、洞察がある点について、当日参加した審査員は強い印象を持ち、論文内容の検討をふまえ、全体として、本学の博士にふさわしい内容であると全員の意見が一致した。そして、上記で指摘された諸点について修正したうえで、博士(政策研究)の学位を授与することが決定され、最終版の承認の判断は主査にゆだねられた。その後、修正した最終版が提出され、主査が適切に修正されていることを確 認した。 


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