学生の方

THE CHANGING IMPACTS OF AGRO-CLIMATE ON CEREAL CROP YIELDS: PANEL DATA EVIDENCE FROM INDIA AND SUB-SAHARAN AFRICA (気候の穀物収量への影響の変化:インドとサハラ砂漠以南のアフリカ(SSA)についてのパネルデータによる検証)

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 津坂 卓志
学位名: 博士(開発経済学)
授与年月日: 2011年9月7日
論文名: THE CHANGING IMPACTS OF AGRO-CLIMATE ON CEREAL CROP YIELDS: PANEL DATA EVIDENCE FROM INDIA AND SUB-SAHARAN AFRICA (気候の穀物収量への影響の変化:インドとサハラ砂漠以南のアフリカ(SSA)についてのパネルデータによる検証)
主査: 大塚啓二郎
論文審査委員: 大山達雄
Minchung Hsu
山野峰
池田良一(東京農業大学)

1. 論文要旨 
 
 気候変動が農業生産にどのような影響を与えるのか、また高収量品種の普及をはじめとする農業の技術進歩は気候 変動の影響を増幅するのかあるいは軽減するのかは、きわめて重大な世界的関心事である。この問題を分析するために、本研究はインドのDistrict Levelの気候(気温と降水量)と農業生産に関する多様なデータを1972年から2002年までの約30年にわたって収集・整理し、コメ、小麦、トウモ ロコシ、粟、ひえについて、別々に収量関数を推定している。インドには現在約600のDistrictがあり、分離独立によってその数は増大してきた。そのデータを統計分析に利用できるように、コンシステントに整理することは膨大な作業であり、それを行ったことには大きな評価が与えられるべきである。
 
 分析結果によれば、農業の技術進歩や灌漑は気候変動の農業生産への影響を軽減することが明らかになった。これはきわめて画期的な分析結果である。さらに、データ上の制約はあるが、アフリカ諸国の国別のデータを用いて同様の収量関数を計測し、SSAでもインドと同じ傾向が観察されることが示された。
 
 第1章で上述のような問題意識が述べられたあとで、第2章では文献サーベイが行われている。気候変動は途上国の農業により大きなダメージを与えるであろうという一般的な認識があるにもかかわらず、それを実証した研究は少ないことが指摘されている。また数は少ないが途上国に関する分析によれば、気候、特に雨量の農業生産への影響が大きいことが示されている。しかしそれはインドやブラジルの国内のクロスセクセクションデータを用いた一時点での計測結果であり、気候の影響が技術変化によって変化する可能性は考慮されていない。そこで本研究では、パネルデータを構築して気候変動の収量への影響が時系列的にどのように変化したかを究明することにしたことが述べられている。なおインドが研究対象に選ばれた理由として、SSAとの気候の類似性と栽培されている作物の類似性 が指摘されている。
 
 第3章では、気候変動と穀物収量との関係をインドのDistrict Levelのレベルの31年間のデータを駆使して解析している。まず図表を用いて、収量がどのように変化し、それが灌漑の有無や改良品種の普及とどのような関係にあったかが、大まかではあるが丹念に概観されている。この叙述的分析を丹念に行う申請者の分析態度は特筆に値する。5種類の穀物はすべての Districtで栽培されているわけではないので、単純に栽培が行われているDistrictだけのデータを用いて回帰分析を行えばバイアスが発生する恐れがある。そこでまず第1段階において、各作物について栽培があったかどうかの選択関数が推定され、第2段階において穀物収量関数が推定されている。最も重要なファインディングは、改良新種の普及等によって特に収量が増大したコメ、小麦、トウモロコシでは、気候の収量への影響が長期的に漸減していったことである。これは、雨量や気温とタイムトレンドとの相乗項の係数から明らかになったものである。新品種の普及率はDistrict Levelでは得られないために、直接的な証拠は得られていないが、新品種が早生で生育期間が短くなったことが、気候変動の収量への効果を緩和したのではないかという推論がなされている。また灌漑の存在は、収量を直接的に増大させるばかりでなく、天候の影響を緩和することによって収量を間接的に高めていることも示されている。これらはいずれも妥当な推論である。
 
 データの質は悪く、灌漑データはなく、国の数も少ないという問題はあるが、SSAについてもインドと同様の回帰分析が第4章で行われている。SSAではインドほど新品種が普及されているわけではないが、小麦、コメ、トウモロコシについては、多少とも改良品種が普及しつつあり、収量も徐々にではあるが上昇傾向にある。大まかに言えばコメ、小麦、ドウモロコシのインドでの収量が倍増したのに対して、SSAでは50%増程度であった。しかしこの50%増の背後では、一定の技術の進歩があったと考えられる。こうした状況を反映してこれらの作物については、気候の収量への効果は漸減している傾向が見られた。
 
 第5章の最終章では、本研究の政策的含意が議論されている。最も重大な貢献は、アジアで展開された「緑の革命」を可能にした技術の開発と普及が、気候変動の緩和策として有効であるという点である。特にこのことは、コメ、小麦、トウモロコシに妥当する。逆に言えば、品種改良が相対的に不活発であった粟やひえの場合は、気候変動の影響を大きく緩和する技術は生まれていないことになる。同じように灌漑についても、天候の影響を緩和する効果があることがわかった。であるとすれば、大幅な気候変動が現実になることが予想されて いる現在、緑の革命をもたらしたような技術の開発によって、SSAの食糧不足を恒常的に解決するような政策が必要であることになろう。また、SSAでは灌 漑面積比率が極度に低いが、今後はそれを増大させていく必要があることも疑いない。こうした重大な結論を導いた本研究の成果は賞賛に値する。 
 
2. 審査報告
 
 この研究は分析的に質が高く、かつまた分析結果がきわめて重要である。そのために、インドに関する研究成果は、”The Declining Impact of Climate on Crop Yields during the Green Revolution in India, 1972-2002,”というタイトルで、またSSAに関する研究成果は”The Impacts of Technological Changes on Crop Yields in sub-Saharan Africa. 1967 to 2004,” というタイトルで、Keijiro Otsuka and Donald Larson (eds.), An African Green Revolution: Finding Ways to Boost Productivity on Small Farms (Washington, DC: World Bank, forthcoming) に掲載される予定である。分析結果の重要性から判断して、いくつかの論文が国際的な学術雑誌に掲載されうるように思われる。
 
 しかし問題がないわけではない。事実、審査委員からは多くの有益なコメントがよせられた。平成23年7月22日に開催された審査委員会では、池田良一教授(東京農業大学)、Hsu Minchung助教授、大山達雄教授から、また事前の報告会では山野峰教授から、以下のようなコメントが寄せられた。

 

  1. インドとSSAの気候データを比較可能な形で示すべきである。

  2. Irrigationの効果が水稲と他の作物では質的に相違していることを考慮すべきである。

  3. インドにおけるHybrid CornやHybrid Riceの普及に配慮すべきである。

  4. 気候変数の効果は自乗項も加えて検討すべきである。

  5. 推定の頑健性のテストをもっと行うべきである。

  6. 旱魃抵抗性等の品種の特性の効果も議論に加えるべきである。

  7. 序やモデルの説明はもっと丁寧に行うべきである。

 

 各審査委員ともに合格点を与えており、総合的に判断すれば、審査委員からのコメントを考慮して論文を修正すれば、博士号(Ph.D. in Development Economics)を授与することが適当であると判断された。論文修正後の措置に関しては、主査が責任を持って修正内容を検討し、十分な修正がなされていることを確認することになった。実際、平成23年8月29日に提出された最終稿では、十分な修正がなされていることが確認された。よって、これによって博士号を授与することにした。

〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1

TEL : 03-6439-6000     FAX : 03-6439-6010

PAGE TOP

Print Out

~