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タイ語を母語とする日本語学習者におけるアクセント学習ストラテジーに関する研究

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: SIRIPHONPHAIBOON Yupaka
学位名: 博士(日本語教育研究)
授与年月日: 2009年3月18日
論文名: タイ語を母語とする日本語学習者におけるアクセント学習ストラテジーに関する研究
主査: 相澤正夫客員教授(国立国語研究所)
論文審査委員: 磯村一弘客員准教授(国際交流基金日本語国際センター)
宇佐美洋連携准教授(国立国語研究所)
大山達雄教授
近藤彩准教授
水谷修教授(名古屋外国語大学)

I. 論文内容要旨

 

 タイでは、2000年前後の教育改革により外国語教育のあり方が見直され、言語知識のみならず、コミュニケーション能力も重視されるようになっている。それに伴い、体系的な音声教育の必要性が高まっている。また、音声教育に対する学習者のニーズも高い。しかし、実際に体系的な音声教育を行っている タイ人教師は少ない。第一の理由は、教え方が分からないことである。直ちに、効果的な音声教育の指導法を確立する必要があるが、そのための前提として、本研究はアクセント教育を重点的に取り上げ、対応の在り方を検討している。

 本研究は、学習ストラテジー理論を援用し、アクセント学習における有効なストラテジーとそれに影響を及ぼす諸要因を解明している。具体的には、学習ストラテジーの中でも特に「意識化」と「自己モニター」に注目し、その有効性を検証している。また、学習の「動機づけ」と「ビリーフ」を取り上げ、学習ストラテジーに与える影響について検証している。

 本研究は、具体的には、以下の四つの研究からなる。

【研究1】:タイにおける日本語音声教育の現状と問題点の把握

 研究全体の前提として、タイにおける日本語音声教育の現状と問題点を把握するため、タイ人教師による日本語音声教育についての実態調査を行い、分析の結果、次の2点を確認している。(1)体系的な音声教育を行っている教師が少なく、アクセントなど韻律の指導があまり行われていない。(2)タイ人教師は音声教育の重要性を認識しているが、教え方が分からず、発音指導に困難を感じている。

【研究2】:アクセント学習における意識化の有効性の検討

 学習成功者が使用するストラテジーの一つである意識化に注目し、アクセント学習における有効性を検討している。学習者のアクセント学習における意識化の有無と、学習者が実際に発音した単語の音調パターンを調べ、日本語学習歴との関係を分析した結果、アクセントを意識化している学習者は、日本語学習歴に関係なく、アクセントの正用率が相対的に高いという知見を得ている。また、習得度の高い学習者の共通点として、 (1) アクセントの聞き取り基準を持っている、(2)自己モニターを行っている、(3)アクセントを記号化している、以上3点を見出している。さらに、積極的なストラテジーの使用には、動機づけや学習の重要性に関するビリーフが影響を及ぼしていることも明らかにしている。

【研究3】:アクセント学習における有効な学習ストラテジーの解明、そのストラテジーと動機づけ/ビリーフとの関係の検討

 【研究2】の結果を踏まえ、「アクセント習得にはどのような学習ストラテジーが有効か」「有効とされる学習ストラテジーにはどのような動機づけ、 ビリーフが影響を及ぼしているか」を検討するために、発音学習の動機、アクセント学習のビリーフ、アクセント学習のストラテジーに関する質問紙調査と発音テストを行い、統計的な分析の結果、次のような知見を得ている。(1)アクセント習得には「自己モニター型ストラテジー」が正の影響を与える。(2)「自己モニター型ストラテジー」に対しては、「発音に対する将来的展望」と「発音向上意欲」の動機づけ、及び「学習・教育重視」のビリーフが正の影響を与え、 逆に「学習困難・軽視」のビリーフが負の影響を与える。また、これらの結果から、次のような示唆を得ている。(1)「自己モニター型ストラテジー」はアクセント学習を成功に導く可能性が高い。(2)発音向上への意欲が高く、発音向上のために努力したいと考える学習者や、アクセント学習の重要性を認識し、アクセント教育を強く希望する学習者は「自己モニター型ストラテジー」を使用している可能性が高く、逆に、アクセント学習に困難を感じ、学習の重要性を認識していない学習者は「自己モニター型ストラテジー」をあまり使用していない。

【研究4】:意識化と自己モニターを促すアクセント指導の教育的効果の検討

 実際の教育の場において意識化と自己モニターを促すアクセント指導を実践し、その教育的効果を検討している。インタビューを通して、指導後の学習者の情意的側面、ストラテジー使用、発音の変化を調べた結果、以下のような変化を確認している。(1)情意的側面:学習者の自信が増した。アクセント学習の重要性への認識が変った。困難感が減少した。(2)ストラテジー使用:学習者の多くは程度の差はあるもののアクセントを意識化し、自己モニターを試みるようになった。(3)発音:指導後のアクセント正用率が大きく伸び、また時間が経過しても、向上が維持されていた。

 以上【研究1】~【研究4】から得られた知見の総括として、本研究は次の4点を掲げている。

 ① 意識化と自己モニターは、アクセント学習において有効なストラテジーである。

 ② これらのストラテジーに影響を及ぼすのは、積極的な動機づけ、学習の重要性を認識するビリーフである。

 ③ 意識化と自己モニターを促すアクセント指導は効果的である。

 ④ 効果的なアクセント教育のために、教師は学習者の動機づけ、ビリーフを把握した上で、意識化と自己モニターを促す教授活動を取り入れることが重要である。

 最後に、本研究は、以上の知見に基づいて、タイ人日本語学習者に対する具体的なアクセント指導法の試案を提示し、今後のタイにおける日本語音声教育、さらには日本語教育政策の、あるべき一つの方向性を示唆している。

 

II. 審査結果報告

 

 本論文の最終報告に引き続き、平成20年11月7日(金)16時50分より審査委員会が開催された。審査委員は、相澤正夫客員教授(主査、国立国語研究所)、宇佐美洋連携准教授(副査、国立国語研究所)、近藤彩准教授(副査)、磯村一弘客員准教授(副査、国際交流基金日本語国際センター)、大山達雄教授、水谷修教授(名古屋外国語大学)の6名であったが、本論文について以下のような意見が出された。

 

1. タイの日本語教育において未だアクセント指導法が十分に確立されていない中で、「学習ストラテジー理論」を援用し、タイ人学習者のアクセント習得においてもこの理論が有効であることを示した。またアクセント指導法について、理論上の提案を行うだけでなく、実際にその指導法を実施し、一定の教育効果があることを示している。学習者の分類基準・分類方法の定義がやや明確でない部分もあるが、理論と実践の橋渡しを試みた点は非常に高く評価できる。

2. 全体として、過去の理論を検証する部分が多い印象があり、研究者自身のオリジナリティーが主張・強調できていればさらによかった。しかし、先行研究を幅広くおさえ、それらを踏まえた上で確実な成果をあげているという点は高く評価できる。

3. アクセント学習の必要性を自明のこととして論を展開しているが、日本語教育の中で音声教育が、さらにその中でアクセント教育がどのように位置づけられるのかについての議論が必要である。単にアクセント学習の重要性を主張するだけでなく、限られた学習時間の中で、アクセント教育にどの程度の時間と労力を配分するのが妥当なのか、というような視点も必要となるだろう。

4. 因子分析の結果について、因子の取り上げ方として2つ以上の得点の高いものを除外すること、重回帰分析で説明変数を因子得点とすることにはやや問題がある。

5. 動機付け・ビリーフが学習ストラテジー使用に結びつき、適切な学習ストラテジーの使用がアクセント習得に結びつく、という仮説が提示されているが、この仮説が支持された、というには証拠がやや不十分である。他の要因は絡んでいないのか、それらの要因が、どのような状況下で、どの程度有効か、というようなことについても今後議論を深めていくことが望まれる。

6. 今回はタイ語母語話者を対象として研究を進めているが、他の言語の母語話者と比較してどうなのか、タイ語を母語とすることによって日本語のアクセント習得にどのような影響が出るのか、議論がないのはやや残念である。今後は、タイ語の言語的側面についても、さらに踏み込んで研究を進めることが求められる。

7. アクセント産出のためのストラテジーに焦点を当てて議論を展開しているが、聞き取りのためのストラテジーについてはやや考察が不足している箇所がある。聞き取りが正確にできていなければ産出も困難なはずで、アクセント聞き取りのためにはどのようなストラテジーが有効なのかについても論じる必要がある。例えば、タイ語母語話者がタイ語声調の聞き取りにおいてどのようなストラテジーを用いているか、そのストラテジーを日本語アクセントの聞き取りにも応用できないかについて考察を行なえば、教育に対して極めて有用な知見が得られるだろう。上記のコメントに対して、著者は直ちに論文の修正を行い、修正稿を提出し、主査の最終確認を経た上で各審査委員の了解を得て、博士論文最終版として提出した。審査委員全員は、本論文が本学博士論文として妥当であると結論付けた。

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