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医薬品における企業境界の変化がイノベーションの決定要因に及ぼす影響―専有可能性と技術機会に関する分析―

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 井田 聡子
学位名: 博士(公共政策分析)
授与年月日: 2009年7月22日
論文名: 医薬品における企業境界の変化がイノベーションの決定要因に及ぼす影響―専有可能性と技術機会に関する分析―
主査: 隅藏康一准教授
論文審査委員: 永田晃也連携教授(科学技術政策研究所総括主任研究官)
大山達雄教授
中村洋教授(慶応義塾大学)
坂巻弘之教授(名城大学)

I. 論文内容要旨
 近年、様々な産業において企業間の合併・買収(Merger and Acquisition, M&A)が増加している。M&A による企業境界の変化は、当事者企業の研究開発活動、延いてはイノベーションに多大な影響をおよぼしていると考えられるが、現在のところ、このような点について、十分に明らかにされていない状況である。
 本研究では、日本の医薬品産業を対象に、合併等による企業境界の変化がイノベーションの決定要因である専有可能性(appropriability)と技術機会(technological opportunity)に及ぼす影響について分析を行った。
  イノベーションの決定要因に関する従来の研究は、特定の境界をもった「企業」を対象としてきた。しかし、企業境界は合併により変化するものである。本研究は、合併による「企業境界の変化」が、イノベーションの決定要因である専有可能性と技術機会に及ぼす影響を分析する点に特徴がある。
 本研究では、合併による企業境界の変化とイノベーションの決定要因である専有可能性と技術機会との間に因果関係を含む、以下の2つの仮説を設定した。
 仮説①:同質的な製品セグメントにある2社の合併の場合、市場占有率が高まると、潜在的なライバルが排除されることから、イノベーションから得られる利益の専有可能性が高まる。
 仮説②:異質的な製品セグメントにある2社の合併の場合、1社のもつ研究開発分野が多様化するため、技術機会を提供する情報源も多様化する。
  本研究では、この因果仮説の検証を目的に、企業境界の変化がイノベーションの決定要因に及ぼす影響について分析を行った。因果仮説を検証する際には、ある 理論なり、仮説によって分析対象を整合的に説明できる程度を意味する内的妥当性(internal validity)が重要であり、内的妥当性を問う研究の方法としては、事例研究が適していることが先行研究により指摘されている。したがって、本研究で は、事例研究を主要な分析手法とした。事例研究では、企業間の合併の事例として、第一三共(三共と第一製薬の合併)とアステラス製薬(山之内製薬と藤沢薬 品工業の合併)を取り上げ、合併前後の変化を分析した。また、予備的な考察を行うために、質問票調査データによる分析も行った。
 本研究の分析結果から得られた主な知見をまとめると、以下のようになる。
・ 同質的な製品セグメントにあった2社による合併の事例として取り上げた第一三共では、仮説①で想定していた市場占有率の向上という効果は検出されなかったが、研究開発における収益構造の改善が専有可能性の向上に影響を及ぼすことが示された。イノベーションの決定要因に関する従来の研究では、専有可能性を左右する要因として、市場占有率が重 視されていたが、本研究の分析では、市場占有率とは別に専有可能性に影響を及ぼす要因が存在することが示された。
・また、異質的な製品セグメントにあった2社による合併の事例として取り上げたアステラス製薬では、仮説②で想定していた技術機会の源泉となる情報源の多様化という効果を確認することができた。
 以上のように、本研究では、合併を行った2社の製品セグメントが同質であったか、異質であったかによってイノベーションの決定要因である専有可能性と技術機会に及ぼす影響が異なることが明らかになった。
  本研究に関連して、Ida S. Sumikura, K. and Nagata A. (2007) “Impact of Mergers and Acquisitions on Determinants of Innovation in Japanese Pharmaceutical Firms,” Proceedings of 16th International Conference on Management of Technology (IAMOT2007)ならびに井田聡子・隅藏康一・永田晃也(2008)「企業境界の変化がイノベーションの決定要因に及ぼす影響-中外製薬に関する事例分析-」『医療と社会』Vol.18, No.2, pp.257-271 の2本が査読付論文として公表されており、さらにもう一件、井田聡子・隅藏康一・永田晃也「製薬企業の合併とイノベーションの決定要因」が、査読プロセスを通過し、『医療と社会』Vol.19, No.2.(2009 年7 月刊行予定)に掲載される予定となっている。 
 
II. 審査結果報告
 本論文の最終報告に引き続き、平成21年2月16日(月)15時より審査委員会が開催された。審査委員は隅藏康一准教授(主査)、永田晃也連携教授(副指導)、大山達雄教授(副指導)、中村洋教授(慶応義塾大学)、坂巻弘之教授(名城大学)の5名であった。
 興味深い課題に意欲的に取り組んでいる、査読付論文としてまとめられている点も評価できる、といった意見に加えて、本論文について以下のような意見が出された。
 

  1.  政策的含意をより明確化すべきである。

  2. 「はじめに」、第2章、第3章の構成を工夫して、理解しやすくすべきである。

  3. データ分析はもう少し詳細に行う必要がある。平均値のみでは不十分であり、最小値、最大値、標準偏差などは少なくともチェックすべきである。説明ももっと丁寧にすべきである。

  4. 代理指標の妥当性について論理的な説明を加えるべきである。

  5. 同質的な製品セグメントを持つ2社が合併して技術機会が多様化する可能性、あるいは、異質的な製品セグメントにある2社が合併して専有可能性が向上する可能性についても、検討すべきである。

  6. 事例分析の中の中外製薬の事例の位置づけは、「参考事例」ではなく、位置づけをより明確化すべき。

  7. 自社オリジン比率を専有可能性の代理指標とすることの妥当性について、検討すべきである。申請中の開発品が開発パイプラインから外れただけである可能性も否定できないため。

 

 上記のコメントに対して、著者は直ちに論文の修正を行い、修正稿を提出し、主査の最終確認を経た上で、各審査委員の了解を得た。そして博士論文最終版として提出した。審査委員全員は本論文が本学博士論文として妥当であると結論つけた。

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