Pensée 特別号

第8代国連事務総長 潘基文(パン・ギムン)氏 特別講演

 (2019年 3月25日発行「Pensée(パンセ)特別号」より)

 

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潘基文(パン・ギムン)氏は第8代国連事務総長。在任中は、持続可能な開発のための2030アジェンダや、気候変動に対するパリ協定を始め、国際的に重要なプロジェクトの要として活動されました。仙台における国連防災世界会議の開催や、国連女性機関の設立にも尽力。国連平和維持活動の強化、人権保護、人道支援の改善、暴力的な過激主義の防止、軍縮アジェンダの活性化などにも精力的に取り組みました。事務総長退任後も、IOC倫理委員長、グローバル・グリーン成長研究所議長、ボアオ・アジアフォーラム理事長など重要なポストを務めています。

 

◆ 次世代の人類と地球のための取り組み

 

国連の二つの大きな成果である、持続可能な開発目標(SDGs)とパリ協定についてお話しする機会を得られて光栄です。本日は学術的な内容ではなく実務的な内容でお話ししたいと思います。ここGRIPSは修士号・博士号の取得を目指し学ぶ場所ですが、国連がSDGsを提示し、パリ協定を採択した過程や理由を理解するのは、みなさんにとって有益なことだと思います。これらは現在そして次世代を生きる人類と、私たちが暮らす地球のための取り組みだからです。学生の60%と教員の20%が海外から来ているGRIPSは、まさに小さな国連だと言えます。GRIPSのビジョンは素晴らしいものだと思います。 

 

◆ 貧困撲滅で大きな成果を得たMDGs

 

私が国連事務総長に任命された2007年、S D G s の前身であるミレニアム開発目標(MDGs)が実施されていましたが、あまり話題にはなっていませんでした。MDGsの達成は一部の途上国の手に委ねられ、MDGsは彼らの将来の問題だと認識されていました。なぜ、人々の興味は離れてしまったのか。その歴史的背景をお話ししたいと思います。

21世紀を目前にして、世界には大きな期待感がありました。2000年を迎えれば世界は変わる、そう考えられていました。多くの人が「2000年問題」について話していた一方、人々の社会福祉を向上させるために何をすべきかについて話す人はほとんどいませんでした。当時、何億人もの人々が餓死し、たくさんの子どもたちが5歳未満で命を落とし、多くの女性が出産時に亡くなっていました。こうした不当な実態が、避けることのできない状況として実在していたのです。

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私の前任者であるコフィー・アナン第7代国連事務総長はこの状況を改善するためにOECDと協力し、8つの目標を提示し、この目標は世界中から歓迎されましたが、政治的な支援をあまり得られず各国省庁等に委ねられました。一般市民はもちろん、企業や団体でさえ関与していなかったのです。その後、国連や多くの政府の迅速な行動により、第1の目標である「極度の貧困の中で暮らす人々の数の半減」が目標よりも5年早く達成されました。しかし依然として、8億人以上の人々が飢餓に苦しみ、6,200万人もの子どもたちが学校教育を受けられていない現実がありました。人類のためには、より多くの取り組みが必要だったのです。私はMDGs達成の重要性を訴えるサミットと、気候変動に関するサミットを国連事務総長としての任期を終えるまで継続し、大きな進歩を遂げることができましたが、完全に達成することはできませんでした。

 

◆ 発展途上国と先進国の共通目標

 

2012年にリオデジャネイロで開催した国連持続可能な開発会議(リオ+20)で、MDGsの取り組みを引き継ぐための議論を行うことが決まりました。私たちはWebサイトを通じて全世界900万の人々から意見を募りました。若者、女性、身体の不自由な人、政治家、ビジネスマン、学者など、彼らがこの世界をより良くするために本当に望んでいることに耳を傾けようとしたのです。そうして集まった膨大なアイデアをもとに、私たちは一生懸命検討を進めていきました。その作業にあたり発展途上国と先進国の双方からなる準備委員会が設置されました。SDGsは少人数での話し合いでまとめられたアイデアではありません。加盟国間の広範で激しい交渉の結果なのです。

2012年、6,000ページもの文書を要約した35ページの提言が採択されました。その後、2015年がMDGsの最終目標年だったことから、その年を新たな国際開発目標の創設年とすることが決まりました。そして私たちは、この計画が発展途上国と先進国の両方に適用されるべきであることに合意したのです。

以上がSDGsの成り立ちです。この計画にはいくつかの哲学的概念が含まれていました。一つは、フランクリン D.ルーズベルト大統領の有名な4つの自由演説−言論の自由、崇拝の自由、欠乏からの自由、そして恐怖からの自由。この4つの自由を否定するべきではありません。もう一つは、世界人権宣言です。そして最も重要な哲学的概念が、1945年に改正された国連憲章です。その目的は、より大きな自由の中で、社会的進歩と生活水準の改善を促進するものでした。2015年9月25日、「国連持続可能な開発サミット」が開催されました。ほぼ全ての国家元首が集まり、安倍首相はもちろん、ローマ法皇までもが国連にやって来たのです。コンサートやオペラの終わりにはスタンディングオベーションがありますが、私はあの時ほど長い拍手を見たことがありません。イデオロギー的な論争も、政治的な取り引きもなく、まさに皆が一つになった瞬間でした。私はあの感動的な瞬間を決して忘れません。

 

◆ あらゆる課題を包括したSDGs

 

SDGs_panel_jp先に述べたように、MDGsによって極度の貧困に苦しむ人々を半数に減らすことができました。5歳未満の子どもの死亡率は45%改善し、26億人もの人々が安全な水や必要な電力を手に入れられるようになりました。しかし、世界には依然として苦しい状況におかれ続けている人々がいます。だからこそ、SDGsの実行が重要なのです。「誰一人取り残さない」、これはSDGsのもう一つの哲学的な目標です。

SDGsは、MDGsの未完の事業に取り組むことを目的としています。17の目標の範囲は大幅に拡大され、その対象は貧困からの脱却に始まり、世界レベルでのパートナーシップにまで及びます。今年2018年、中国の習近平国家主席に会った際に、彼は2020年(SDGsの達成目標の10年前)までに、中国国民で貧困に苦しむ者は一人もいなくなるのだと話していました。SDGsでは目標の達成を2030年までとしているので、これは非常に大変な目標ですが、彼には自信があるようでした。中国がその目標を達成できることを願っています。

SDGsには、環境に関連する目標が少なくとも5つあります。目標13は環境問題、特に気候変動に関連し、目標14は海洋や海洋生物の多様性に関連しています。経済成長には4つの目標があります。そして、目標16に掲げられた平和は重要なゴールです。SDGsは、私たちの暮らしのあらゆる側面をカバーしていると言えるでしょう。

平和、公正、そして包括的な制度に言及している目標16については、真剣な議論が交わされました。これらはむしろ政治的な課題です。なぜ、平和や正義、包括的な制度が開発目標に含まれるべきだったのか。それは、開発と平和・安全保障が密接に関連し合っているからです。実行力のある制度がなければ、その他の目標も達成することはできません。

 

◆ 透明性を確保し、科学的に評価できる国際目標

 

SDGsの実施にあたっては、資金の使途における説明責任を確保する必要があります。公正なルールや説明責任がなければ、SDGsの目標達成のために割り当てられた資金やリソースが、別の目的に使用されてしまう可能性があるからです。また、透明性を確保するために、17の目標、169のターゲット、230の指標が設けられています。その内容が広範囲にわたる17の目標は、それぞれが複数のターゲットにより定義され、さらにいくつかの指標によって測定可能です。このようにすることで、SDGsは経済的、科学的、そして統計的に実施の度合いを確認することができるようになっています。そのために、私は国連科学諮問委員会や国連統計委員会などを設置しました。SDGs達成に向けた作業を監督し、その作業を可能な限り包括的にするためには、これらの評価が必要でした。SDGsの交渉に3年を要したのはそのためです。

SDGsは、これまで国連が世界に示してきたなかで、最も科学的で、包括的で、大規模な取り組みだと考えています。目標の採択から3年後の今、102カ国が国連に進捗状況を報告しています。また、2016年には、ハイレベル政治フォーラム(HLPF)と呼ばれる、各国協力のもと実施されるフォローアップと見直しの仕組みが追加されました。

 

◆ 誰一人取り残さない

 

目標達成の観点から、日本のアプローチは賞賛に値すると思います。伊勢志摩サミットが開かれた2016年、当時事務総長を務めていた私は、G7とG20の首脳たちにSDGsを個人的な使命として取り組んでもらうよう訴えかけました。国連はこれらの目標を各国政府の手に委ねていたので、私は専用のタスクフォースを設置するよう各首相・大統領に依頼したのです。安倍首相は直ちにSDGs推進本部を設置し、現在では他の多くの国々でも同じことが行われています。

目標に向けた取り組みは大きく拡大され、多くの進展がありました。2017年時点で、極度の貧困は世界人口の9.2%にまで減少しています。2016年以降、5歳未満の子どもの死亡率は45%低下しました。それでも、依然として大きな不利益を被り、疎外されている人々にとってはまだ十分ではないはずです。やるべきことはたくさんあります。

世界には身体の不自由な人、少女や女性、性的指向の異なる人、そして差別により社会から排除されている人など、非常に厳しい状況で暮らしている人々が大勢います。公正な世の中を実現するためには、全ての人々を私たちの取り組みから取り残さないようにしなければなりません。

 

◆ 緊急を要する気候変動への対応

 

DSC07559SDGsは、人々の生活をより良くするための政治的取り決めであり、さまざまな意見があります。一方で、パリ協定は条約であり、SDGsとは異なり法的拘束力を持つものです。

私は、世界最大かつ最も資源の豊富な国であるアメリカを含む、いくつかの国家がパリ協定から撤退することについて深く懸念しています。アメリカは世界第2位の温室効果ガス排出国であり、世界全体の排出量の約14%を占めています。中国が24%なので、この2国で世界全体の40%近くを占めていることになります。パリ協定からのアメリカの撤退は多くの政治的損害をもたらしています。それでも世界中の人々が、アメリカ人でさえも、気候問題に対して前に進もうとしていることには勇気づけられます。パリ協定は成し遂げられなければなりません。私たちには時間がありません。この最大の危機を回避するために私は訴え続けています。世界の2,000人以上の科学者からなる、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、現在の気候変動を、特に産業革命以降の200年間における人類の活動によるものだと判断しました。私たちが消費と生産の行動パターンを変えなければならないのは当然のことです。産業界も一般市民も、水、エネルギー、資源の使用を控える必要があります。より自然と調和した生活を送ることが急務とされているのです。

良いニュースもあります。世界銀行が今後5年間、気候変動対策に2,000億ドルを提供すると発表したことです。これは非常に巨額ですが、気候変動による深刻な影響を受けている開発途上国を支援するためには、必要な資金です。既に先進国は、開発途上国の取り組みを支援するため年間1,000億ドルを約束していますが、私はOECD諸国に対してさらなる支援を要請してきました。

 

◆ 私たちの暮らす地球のために

 

チャド湖、キリマンジャロ、インドネシアのカリマンタン、アマゾン川流域。世界のさまざまな場所で、気候現象による大きな被害−人々の生活への被害が発生しています。先日、私はアラル海を訪れて衝撃を受けました。かつては世界で4番目に大きい湖だったアラル海が、当時の10%の大きさにまで縮小していたのです。膨大な量の水の90%は完全に乾き、水源からは遠く離れ、多くの船が砂の上に放置された塩田と化していました。このアラル海の消失は人為的な災害でした。ソビエト連邦がアラル海へ流入する水を綿畑に使用し、その結果アラル海はほとんど干上がってしまったのです。さらに、その土壌に含まれる塩分が、広い地域で生態系にダメージを与えています。これらの生態学的影響を元に戻すため、私たちは懸命に取り組みを進めているところです。

私たちは、この世界の環境を持続可能なものにしなければなりません。大前提として、私たちはこの地球がなければ生きていくことができません。この観点から、私は世界各国の首脳たちに、政治的責任と道徳的責任の両方を負うよう求めていますが、実際は私たち全員一人ひとりがその道徳的責任を負っていると思います。

私たちの取り組みが、次の世代にとっても、私たちの世界にとっても良いことだと信じています。この地球は一つしかありません。現在の技術と科学をもって、人間と全ての動物や植物が生きることのできる唯一の惑星です。パリ協定は確実に履行される必要があります。

  

◆ 皆さんへのメッセージ

 

私は一人ひとりの道徳的な声、特に若い人たちの声に期待しています。皆さんは投票権を持っています。国や地域のリーダーに対して、社会を住みやすく、環境的・経済的に持続可能にするため、声をあげることができます。皆さんは、そのための力を持っているのです。将来、皆さん自身がリーダーシップをとることになるかもしれません。その前に、まずは地球に暮らす一人として行動することが大切だと思います。行政的な理由で、私たちは自国で発行されたパスポートを携帯しなければなりませんが、もはや皆さんは日本人でも、韓国人でも、ウズベキスタン人でもありません−皆さんはグローバル市民です。地球市民として行動すること、それが私の願いです。グローバル化された社会で暮らすことのできる未来を実現しましょう。

 

 



◆ Q&A 来場者からの質問

 

ー「共有」も持続可能な社会に欠かすことのできない重要なポイントだと思います。例えば、富や能力、心の豊かさなどの共有は、最も基本的な人権だと思います。持続可能な社会が重視するのはどのような事だとお考えですか?

 

潘基文氏 共有の重要性については私も同感です。私たちは資源や公共財を共有しなければなりませんが、現実では平等な分配はなされていません。これは政治的な問題です。だからこそSDGsでは、取り組みに充てられる全ての富、資源、利益が、公平に共有されるよう努力しました。

私たちは皆、人間として尊厳を保たれるべきです。多くの富があっても、全ての人間が尊厳をもって扱われなければ、何が人と動物を隔てるのでしょうか?これこそが人権を非常に重要な検討事項とした理由です。先ほどSDGsの背景のくだりで申し上げたように、欲求からの解放と世界人権宣言は重要な哲学的考察です。

 

ー気候変動に関する国際交渉からの大国の撤退のように、2018年7月に合意された「移住に関するグローバル・コンパクト」への不参加を表明する国が現れています。各国が世界の大義よりも自国の利益に重点を置いており、多国間主義が脅かされています。地域主義は外交における次の傾向になるのでしょうか?

 

潘基文氏 元国連事務総長として、多国間主義が脅威にさらされていることを強く懸念しています。人々の間に壁を建てている政治家がいます。私は壁をつくるのではなく、人々の自由な交流とやりとりを促すよう訴えてきました。何千年もの間、人類はより良い生活を求め移動を繰り返してきました。動くのは人間の自然な行動です。

私は、新たな保護主義と貿易戦争についても懸念しています。1920年代から1930年代にかけて、アメリカは世界的な問題を引き起こしたスムート・ホーリー法のような関税を課していました。現在私たちは、90年前とは別の金融危機に苦しむのではないかと恐れています。

近年アメリカ第一主義のように、自国を最優先とする貿易保護やナショナリズムについて語られることが増えていますが、どのような国も自国だけで存続することはできません。現時点で、12カ国が移住のためのグローバル・コンパクトへの不参加を表明しています。とても残念な状況です。グローバル・コンパクトは確かに拘束力のある条約ではありませんが、助けを必要としている人々が手を伸ばしているとき、私たちは顔をそむけるのではなく、彼らの手を握るべきなのです。

 

ー先ほどお話のあったとおり中国や開発途上国は、貧困の削減に尽力していると同時に、大量の温室効果ガス排出国にもなっています。このジレンマはどのように解消できるとお考えですか?

 

潘基文氏 重要なことは、彼ら自身が排出量についてもっと努力しなければならないと認識することです。中国やインドといった国々は、パリ協定に署名すると経済システムや社会インフラを大きく変える必要があるとの懸念から交渉参加に非常に消極的でしたが、最終的に参加を決めました。そうしなければ、後々より多くの資金や犠牲を払うことになると気づいたからです。OECD諸国は資金を出すことに消極的です。それゆえ、世界銀行が2,000億ドルを支払うと発表したのです。これは行動を起こすよう各国を駆り立て、世界の人々、特に先進国の人々を変えるための政治的メッセージです。総生産が数兆ドルに及ぶ50の大企業からなる、CEO気候リーダーズ同盟(Alliance of CEO Climate Leaders)は、気候変動に対し必要な事業運営の調整を行い、経済支援を提供する声明を発表しました。さらに多くの企業が参加してくれることを願っています。

 

ー温室効果ガスの排出量を削減する義務を固守するようアメリカに要求するために、国連とその加盟国は実際にどのような行動をとっていますか?

 

潘基文氏 政治家だけでなく、私たち一人ひとりがこの問題について語るべきだと思います。政治家は大国に対してほとんど意見しません。私はトランプ大統領の決定に反対して、何度も声を上げてきました。彼の決断は政治的に近視眼的であり、経済的に無責任であり、そして科学的に間違っている。この先歴史を振り返ったときに、彼とアメリカの判断は間違っていたと評価されるでしょう。これは私からの警告です。世界で最も豊かで力強い国が、気候変動の深刻な影響を受けている国々を助けないのであれば、それは政治的にも道徳的にも無責任だと思うのです。

皆さんは、SNSやさまざまなメディアを通じて声をあげることができます。意思表示すること、それが皆さんの責任です。

 



 

 

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