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中国人日本語学習者の異文化態度形成に関する研究

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Zhang Yong
学位名: 博士(日本語教育研究)
授与年月日: 2013年9月4日
論文名: 中国人日本語学習者の異文化態度形成に関する研究
主査: 簗島史恵(国際交流基金日本語国際センター)
論文審査委員: 久保田美子(国際交流基金日本語国際センター)、横山紀子(国際交流基金日本語国際センター)、近藤彩、山内博之(実践女子大学)、今野雅裕

I.  論文要旨

 

中国の日本語教育においては,2001年に大学日本語専攻基礎段階のシラバスを改定する際,学習目標として新たに異文化理解能力の育成が盛り込まれた。学習者が日本語学習を通して,中国と日本の相互理解の架け橋になり,広い視野を持つグローバル人材に成長していくことが期待されている。

中国は日本と地理的に近く,経済の繋がりも深いことから,日本語学習人口が多い。一方,中国と日本では,歴史問題や領土紛争など,いくつかの政治課題を抱えている。このような環境の中で,大学で日本語を専攻とする学習者には,日本や日本人に対するどのような態度(以下,対日態度)が形成されるのか,さらに日本に限らず一般的な異文化に対する理解(以下,一般的異文化態度)も促進されるのか否かは,中国の日本語教育が検証すべき重要な課題である。

本研究は,日本語専攻の中国人大学生が,大学4年間日本語を学習することで,日本や日本人に対する態度,また文化背景の異なる社会や人々に対する態度をどのように形成していくのかを解明することを目的とする。具体的には,次の3つの研究課題を設定した。

 

(1)日本語学習者には,どのような対日態度と一般的異文化態度が形成されるか,そこにはどのような特徴が見られるか。【研究1】

(2)日本語学習者の対日態度とその形成要因となる対日情報源の経時的変化には,どのような特徴が見られるか。【研究2】

(3)日本語学習者の対日態度は,具体的にどのような過程を経て形成されるか。【研究3】

 

上記(1)の課題を解明するために【研究1】を行った。【研究1】では,日本語専攻の中国人大学生(276名)を対象に,英語専攻,フランス語専攻,他文系専攻の学生(523名)と比較して,対日態度と一般的異文化態度について質問紙調査を行った。その結果,日本語専攻の学生は,①全体的に肯定的対日態度を持っていること,②高学年になると,否定的対日態度と多面的対日態度が上昇し,対日認識が多面化する傾向があることが観察された。否定的対日態度については,特に対人関係の項目で数値が上昇した。また,一般的異文化態度に関しては,③異なる文化一般に対して相対的に高い敬意を持っていること,④高学年では,異文化接触の際の不安が解消され,異文化の人々とのコミュニケーションで,より柔軟な姿勢を取るようになるなど,異文化一般に対する理解能力が全体的に促進される可能性が示唆された。

この【研究1】は,横断的調査で日本語学習者の対日態度と一般的異文化態度を調べたが,この調査はさらに縦断的に行う必要性を感じた。そのため,【研究2】を行い,日本語学習者の対日態度とその形成要因としての対日情報源の経時的変化を調べた。

この【研究2】の調査は,2008年と2011年に2回行われた。2008年の時点で1年と2年だった対象者を2011年にそれぞれ3年と4年で,再度対象とした。

調査の結果,以下の点が明らかとなった。①学習者は全体的に肯定的対日態度を持っていること,②1年時には肯定的対日態度が顕著だが,高学年になるとこれが減少し,否定的・中立的対日態度が若干上昇する傾向があること,対日情報源に関しては,③低学年,高学年共に,学習者には日本の映画やドラマなど日本の大衆文化が対日情報源として重要な位置を占め続けていること,④高学年になるにつれて,「日本人との直接接触が増加する」「日本メディアとの接触が増加する」「中国の学校教育やメディアへの依存度が低くなる」という変化が見られたこと,である。

【研究3】では,【研究1】,【研究2】のような量的調査では充分に解明できなかった具体的な対日態度の形成過程を見るために,学習者にインタビュー調査を実施した。インタビュー調査の対象者は,【研究2】の縦断的調査に参加した高学年の日本語学習者7名である。

調査の結果,高学年での肯定的対日態度の減少の要因の一つとして,学習者のいわゆる「ハネムーン期」から「平常期」への移行が考えられることが分かった。また,学習者が視聴する日本の映画やドラマの内容も肯定的対日態度の減少に影響を与えることが分かった。

一方,否定的対日態度の上昇には,接触環境の変化や接触相手である日本人との関係性が大きく影響することが明らかになった。インタビューでは,この否定的な対日態度がほとんどインターンシップの工場現場で日本人技師との接触によって形成されることが分かった。これは,肯定的な対日態度が,日本人教師や日本人大学生との接触によって形成される場合が多かったのと対照的であった。

また,インタビューでは,異文化態度を自ら積極的に形成していこうとする姿勢が感じられる回答もあった。たとえば,身近な日本人にも新しい側面があることや日本人にも様々な行動パターンの人たちがいることへの気づきが,対日態度を多面的にしていた。また,違和感を持ったことについて説明を求めた上で理解しようとする姿勢や,メディアによってそれまでの自分が持っていた情報や考え方と違うものに触れた際の判断留保などが感じられる発話もあった。

本研究の研究面での意義としては,先行研究でほとんど行われてこなかった以下の3点がある。①学習者と非学習者の比較及び学習歴による比較を組み合わせた研究デザインを取ったこと,②異文化一般に対する理解にまで調査対象を広げたこと,③量的調査に加えてインタビューなど質的調査を行うことで学習者の態度の形成過程を明らかにしたこと,である。また,中国の日本語教育における意義としては,中国の日本語教育が個人レベルの健全なコミュニケーションを促進するだけでなく日本や日本社会に対する理解をも深めていることを明らかにしたこと,さらに,日本人との直接接触や日本のメディアとの接触が対日態度の形成に負の影響を及ぼす可能性が示唆されたことから,それをできるだけ避けるために今後の日本語教育で取るべきと思われる対策を指摘したことが挙げられる。研究上の今後の課題としては,日本語の授業そのものと異文化態度の形成の関連性を丁寧に見ること,そして対日態度にとどまらず,一般的異文化の形成についても,より詳しい調査を行うことがある。そのような実践と研究を積み重ねることで,中国と日本の相互理解,さらに異文化理解のために日本語教育ができることがより明らかになることと思われる。

 

なお,本研究の成果の一部は,既に以下のように国内外の学会において発表された。

・2009.12「中国における日本語教育―日本人イメージという側面から―」第16回日本言語文化研究会

・2010.9「第二言語学習による態度変容に関する研究概観」第17回日本言語文化研究会

・2011.8「日本語学習が中国人学習者の日本人イメージに与える影響―日本語専攻と非専攻の大学生に対する調査から―」第10回世界日本語教育研究大会(天津外国語大学)

・2011.12「中国人日本語学習者の異文化態度の形成―大学生を対象とした横断調査から―」日本語教育指導者養成プログラム10周年記念シンポジウム

・2012.4「日本語学習が異文化態度に及ぼす影響に関する研究 ―中国人大学生を対象に―」第81​回第2言語習得研究会​(関東)

・2013.5“A survey of cross-cultural attitudes of Japanese language learners in China”The 20th Princeton Japanese Pedagogy Forum

 また,同様に成果の一部が以下の学会誌に掲載された。

・2011.12「第2言語学習による異文化態度の変容に関する研究概観」『第二言語としての日本語の習得研究』第14号

・2013.4「日本語学習者の異文化態度に関する意識調査―日本語専攻の中国人大学生を対象に―」『日本語教育』154号)

 

 

II.  審査結果報告

 

本論文の最終報告に引き続き,平成25年8月7日(水)16時半から審査委員会が開催された。審査委員は簗島史恵(主査・国際交流基金日本語国際センター),久保田美子(副査・国際交流基金日本語国際センター),横山紀子(副査・国際交流基金日本語国際センター),近藤彩(副査・政策研究大学院大学准教授),山内博之(実践女子大学教授),今野雅裕(博士課程委員会委員長代理・政策研究大学院大学教授)の7名であった。

 

本論文を評価する点として,以下のような意見が出された。

(1) 言語教育,日本語教育が異文化理解の深化にどう働くか,という重要なテーマに長期縦断研究で挑んだ貴重な研究である。語学教育が異文化理解能力を持つグローバルな人材育成にいかに貢献するかという問題は,現在まだまだ実証的に充分解明されているとは言えず,そういう意味でその入り口となる重要な研究であると考えられる。

(2) 個別の日本語教育政策研究の基礎ともなるべき,日本語教育が持つ,対日態度の形成や一般的異文化態度の形成などにおける有効性を明らかにする研究であり,政策的含意をも持つものと評価できる。

(3) 行き届いた先行研究をもとに,そこに欠けていた点を補う形で研究計画・調査計画が立てられ,それが首尾よく実行されている。他の言語学習者や他専攻学習者との比較,また,2年間の長期の継続研究により,その間の態度変化を分析するという新たな研究デザインが用いられ,対日態度,一般的異文化態度の深化の全体的な状況に新たな知見を示すことが出来た。

(4) 研究全体の組み立て方が明確であり,論理展開が非常にスムーズである。

(5) 海外の現場の教師だからこそのオリジナリティが随所に感じられる(対日情報源の選択の仕方,肯定的態度・否定的態度の判定,母語によるインタビュー等)。センシティブな内容も現場の教師の調査研究だからこそ扱えたと思われる。

(6) 周到かつ冷静な研究計画の中に著者の日本語教育への情熱が感じられる。

 

一方,以下の点が指摘された。

(1) 調査対象者に関する基礎的情報(大学の中国における位置付け,平均年齢等)を加筆する必要がある。

(2) 今後類似の研究を行う研究者にとって参考になるよう,1,2年生と3,4年生それぞれの学習環境(教材,授業内容等)や日本語運用力の違いなどの情報も記述することが望ましい。

(3) 【研究3】で扱っている3つの態度が相互にどんな関係にあるか,関連性が見えるような考察を加える必要がある。

(4) 先行研究の引用にページ数を入れるべき箇所が見られる。

 

 上記のコメントに対して,著者は直ちに論文の修正を行い,修正稿を提出し,主査の最終確認を経た上で博士論文最終版として提出させることとした。審査委員会において,このような手続きを経ることに合意し,本論文が本学博士論文として妥当であると結論付けた。

以上

 

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