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漢字語彙学習における意味推測ストラテジー指導の効果 ―モンゴルの日本語学習者を対象に―

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Tsetsegdulam Ulambayar
学位名: 博士(日本語教育研究)
授与年月日: 2012年3月21日
論文名: 漢字語彙学習における意味推測ストラテジー指導の効果 ―モンゴルの日本語学習者を対象に―
主査: 久保田美子
論文審査委員: 横山 紀子(国際交流基金)
近藤彩
大山達雄
西原鈴子(東京女子大学)

Ⅰ.論文要旨

 

 本論文では、漢字語彙の学習を取り上げ、教室において意味推測ストラテジー指導を行うことが、どのような効果をもたらすのかを論じる。筆者の母国で あるモンゴルの日本語学習者を研究対象とするが、本研究における知見は、他の非漢字圏日本語学習者に対する漢字語彙学習を考える上でも重要な意味を持つものと考える。 
 モンゴルにおける漢字語彙教育の現状は、大学における実態調査の結果、漢字の書き順、読み、意味の指導に重点を置き、文脈の中での 漢字語彙の使い方には重点を置いていないこと、漢字語彙の知識を学習者が自立的に獲得するための効果的なストラテジー指導も行われていないことが明らかになった。また、学習者の漢字語彙処理能力を調べた結果、文脈処理の能力が低いことも分かった。文脈処理には意味推測ストラテジーが重要となるが、先行研究 を分析した結果、既に、意味推測ストラテジー指導がある程度効果があること(Fraser1999)、漢字語彙の意味推測実験の結果、漢字熟語を構成する 既知漢字と文脈の情報を組み合わせた場合、より正確な意味推測ができること(Mori & Nagy 1999)が明らかになっているが、漢字語彙の学習に関して意味推測ストラテジー指導の効果を検証したものがないことも分かった。 
 本研究では、モンゴルの初級日本語学習者を対象に文脈の中で既有知識を活用して、未知漢字語彙の意味を推測するという意味推測ストラテジーを指導し、その効果を検証することを目的とし、以下の3つの研究課題を設定した。 
研究課題1:意味推測ストラテジー指導が学習者の意味推測ストラテジー使用、意味推測の正確さにどのような影響を与えるか。 
研究課題2:意味推測ストラテジー指導が学習者の学習ストラテジー使用の意識にどのような影響を与えるか。
研究課題3:意味推測ストラテジー指導が学習者の日本語能力全般にどのような影響を与えるか 。
 研究対象者は、モンゴルの大学で日本語を専攻とする初級レベルの36名である。対象者を従来群18名と、実験群18名に分け、各9か月間60回(1回90 分)の指導を行った。従来群は従来方式による教師の説明中心の漢字語彙指導を受け、実験群は意味推測ストラテジー指導を受けた。意味推測ストラテジー指導には、教師の新出漢字に関する説明に先立って、短文、またはまとまったテキストの文脈、学習者の既知漢字、背景知識、未知漢字語彙の情報などの推測手がかりを用いて、その意味を推測するという活動を取り入れた。この意味推測活動には、仲間同士で話し合うピア活動を導入した。 
 研究課題1では、意味推測ストラテジー指導が学習者の意味推測ストラテジー使用、意味推測の正確さに与える影響についてさらに3つの課題を設定し検討した。(1)「従来群と実験群では、使用する推測手がかりが異なるか」については、実験群の方が従来群より、単独手がかり、組み合わせ手がかり共に使用の数が多く、また、意味推測 に用いる推測手がかりのバリエーションも多いことが示された。(2)「従来群と実験群では、意味推測の正確さが異なるか」については、実験群の方が未知漢 字語彙の意味を正確に推測し、何らかの推測手がかりを使って未知漢字語彙の意味を推測しようと試みる傾向が強いことが明らかになった。(3)「両群の意味推測の正確さが異なるなら、その原因は何か」については次のことが明らかになった。まず、実験群の方が単独手がかりを用いて意味推測に成功している。次に組み合わせ手がかりに関しては、両群とも推測の正確さが向上する傾向が見られた。ただし、両群における組み合わせ手がかりの種類に着目し、意味推測活動に おける学習者の発話内容を質的に見た結果、同じ未知漢字語彙の推測でも、実験群のほうが、複数の手かがかりを組み合わせる傾向があることなどが明らかになった。これらの結果から、意味推測ストラテジー指導は、さまざまな手がかりを用いて積極的に推測する姿勢を養成し、また正確な推測を可能にする効果があ ることが示された。 
 研究課題2では、意味推測ストラテジー指導が学習者のストラテジー使用意識に影響を与えるかを研究課題とした。学習者のストラテジー使用を探るためにBourke(1996)を基に質問紙を作成し、調査した。その結果、実験群の方が従来群より意味推測ストラテジー指導に関係す るストラテジーの使用頻度が高いことが分かった。また、実験群の質問紙の自由記述には、「日本製の品物の説明の中で漢字を覚える」「相撲をみて語彙を覚え る」「目標を立てる」など、「メタ認知ストラテジー」「社会情意ストラテジー」と考えられる記述がみられた。これらの結果から、意味推測ストラテジー指導が学習者のストラテジー使用意識に影響を与えることが示唆された。 
 研究課題3では、意味推測ストラテジー指導が学習者の日本語能力全般に与える 影響について、さらに3つの課題を設定し検討した。(1)「従来群と実験群では、漢字語彙処理能力が異なるか」については、従来群に比べ実験群の方が漢字語彙処理能力が高く、未知漢字語彙の意味を推測するという認知活動が学習者の漢字語彙処理能力にプラスの影響を与えることが示された。(2)「従来群と実験群では、漢字の書き能力が異なるか」については、意味推測活動に多くの時間を使い、従来群のように漢字を繰り返し書くということにわずかな時間しか使わなかった実験群の漢字の書き能力は、従来群と変わらないことが明らかになった。(3)「従来群と実験群では、日本語能力が異なるか」については、実験群の 方が従来群より、日本語能力全体、特に文字・語彙、読解の能力が高いことが示された。 以上を総括すると、意味推測ストラテジー指導が学習者の漢字語彙の理解、意味推測ストラテジー使用意識を高めるだけではなく、学習者の日本語能力にも波及効果があることが明らかになった。 
 本研究の理論的意義として、漢字語彙学習における意味推測ストラテジー指導が初級段階から可能であること、それは言語処理ストラテジーの養成だけでなく、学習ストラテジー使用意識にまで影響を与えること、能力面では、日本語能力全般の向上に波及する可能性がある ことを示すことができた。教育実践的な意義としては、非漢字圏日本語学習者の漢字語彙学習において効果的かつ実行可能な指導案をモンゴルの教育現場に導入 する可能性を示したと考える。

 

II. 審査結果報告

 

 本論文の最終報告(発表会)に引き続き、平成24年1月26日(木)11時半より審査委員会が開催された。審査委員は、久保田美子連携教授(主査: 国際交流基金)、横山紀子連携教授(副査:国際交流基金)、近藤彩准教授(副査)、大山達雄特別教授、西原鈴子東京女子大学元教授の5名であった。本研究 を評価する点としては、以下の点が挙げられた。

 

  1. 実態調査や長期にわたる実験により、意味推測ストラテジーの指導法を考案し、その効果を明らかにした点で高く評価できる。

  2. 研究の立案の過程とテーマの処理が優れている。問題意識と課題が明確であり、その回答を得るための研究手法、結果の分析が妥当である。

  3. 非母語話者教師の利点を活かした指導法、研究法で評価できる。

  4. 検証された指導法の自国での波及効果が期待できる。

 

 一方、以下のように、今後への課題も指摘された。

 

  1. まとめ方と書きぶり(要旨、テーマの提出順序等)に工夫が見られると、一層説得力を増すだろうと思われる。

  2. 論文の最初に記述されている実態調査が重視され、後半に記述されている意味推測ストラテジーの必要性、その指導の効果を検証するという重要な部分 が見えにくくなっている。最初に、漢字語彙学習の重要性、この研究とストラテジーとの関係、意味推測ストラテジー指導の必要性を明示的に記述すると良い。

  3. 現状分析の研究のあとに本論文の研究課題を提示するのではなく、最初の章で研究課題を提示したほうが良い。

  4. 学習ストラテジー、言語処理ストラテジー、漢字語彙ストラテジー、それぞれの定義と相互の関係についての確認が望まれる。

  5. 総合的考察がやや少ないので、先行研究との関連性、非漢字圏日本語学習者への示唆など、加筆が必要と考える。

  6. 表現や表記の誤りの修正が必要である。

 

 以上のコメントを受けて、著者は必要な加筆修正を施した修正稿を提出し、主査の最終確認を経た上で博士論文最終版を提出した。

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