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日本における科学技術情報政策の基本方針その脆弱性の原因に関する科学技術情報 ”伝達サイクル”に基づく一考察

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 前田 知子
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2010年4月28日
論文名: 日本における科学技術情報政策の基本方針その脆弱性の原因に関する科学技術情報 ”伝達サイクル”に基づく一考察
主査: 隅蔵康一准教授
論文審査委員: 大山達雄教授
角南篤准教授
隅蔵康一准教授
竹内比呂也教授(千葉大学)
小野寺夏生名誉教授(筑波大学)

I. 論文内容要旨
 本論文では、「科学技術情報政策の基本方針」が科学技術政策の一環として明確に示さ れる必要があるにもかかわらず、近年は科学技術政策の政策文献中に十分な記述がなく、科学技術情報政策の骨格がいわば”崩壊”した状態となっているという 問題意識に立ち、当該状況に至った原因を明らかにすることを目的に研究を行った。 
 
 リサーチ・クエスチョンは下記の通りとした。 <第3期科学技術基本計画において、科学技術情報政策の基本方針が脆弱なものとなっている原因は、どのように説明できるか。>  
 
 ここで科学技術情報政策の基本方針とは、「科学技術情報の入手・利用・伝達・公開・保管のために必要な活動を誰が担い、どのような形で政策的な支援を行うべきかについての基本的な考え方」を言う。 
 
 本論文では、科学技術情報政策の基本方針が明確に示されず脆弱な内容となっている原因は、これまでの政策検討において、科学技術情報の特徴である”伝達サイ クル”の捉え方が十分ではなかった点にあるのではないかと想定した。そして、この想定のもとに、基本方針が明確に示されるための政策検討における前提条件を設定し、これらがどの時期に成立していないかを、1960年から2006年に出された科学技術政策の政策文献を分析することによって明らかにした。そして、この結果を利用することによって、第3期基本計画において科学技術情報政策の基本方針が脆弱なものとなっている原因を、これまで実施されてきた政策検討の累積によって説明することができた。本論文は、これまで政策研究がほとんど行なわれてこなかった科学技術情報政策を対象としており、本論文の成果によって科学技術情報政策研究の基礎が構築で きたと考えられる。 
 
 本論文の研究方法及びより詳細な成果は以下の通りである。上述した、科学技術情報政策の基本方針が十分な内容となるための前提条件は、政策検討において科学技術情報の特徴である”伝達サイクル”が反映されている のであれば、どのような状況が成立しているかという観点から、次のとおり設定した。 
 
<政策検討における3つの前提条件> 
 
① 科学技術情報流通の「5つの構成要素」の全てを視野に入れていること。 
 
② 科学技術情報流通の「5つの構成要素」を相互に関連性を持つものとして捉えていること。 
 
③ 科学技術情報流通に関与する様々な組織・機関の役割と相互の連携の必要性について視野に入れていること。 ここで、前提条件①及び②にある、科学技術情報流通の「5つの構成要素」とは、科学技術情報の”伝達サイクル”に関する先行研究を踏まえて設定した次の5つである。 
 
<科学技術情報流通の「5つの構成要素」> 
 
[a]:インフォーマル・コミュニケーション 
 
[b]:一次情報生成プロセス 
 
[c]:一次情報流通・蓄積  
 
[d]:二次情報 
 
[e]:研究基盤データ/ファクト情報 
 
 前提条件①、②及び③がどの時期に成立していないかは、政策文献における科学技術情報に関する記述内容を、①、②、③に対応した次の評価ポイントから評価することを通じて明らかにした。 
 
[Point1]問題意識や政策案が科学技術情報流通の「5つの構成要素」の全てを取上げたものとなっているか    
[Point2]科学技術情報流通の「5つの構成要素」を、相互に関連性を持つものとして捉えた政策案が示されているか   
 
[Point3] 科学技術情報流通に関与する様々な組織・機関の役割と連携の重要性や連携を実現するための方策について触れているか 
 
[Point1] による評価を通じて、1970年代から1990年代の半ばまで、科学技術情報流通の「5つの構成要素」の一部が政策検討の対象に含まれない状況が継続していることが明らかになり、「5つの構成要素」の全てを視野に入れた(前提条件①)政策検討が行なわれない状況にあったことが示された。 
 
[Point1] が成立している場合については、[Point2]による評価を行った。1990年代の半ば以降、「5つの構成要素」の全てが再び政策文献の中で取り上げら れるようになったにもかかわらず、これらが相互に関連性を持つものとして捉えた政策検討(前提条件②)が行なわれない状況にあることが示された。 
 
また、[Point3]による評価を通じて、科学技術情報流通に関与する多様な組織・機関の連携の重要性についての記述が1980年代以降にほとんど見られなくなることが明らかになり、この時期以降、③が政策検討において成立していないことが示された。 
 
 次に、以上で明らかになった3つの前提条件が成立しない状況は、ある時期までは科学技術情報政策が検討されてきた経緯によってもたらされたものであり、またある時期以降は、科学技術情報政策の基本方針の脆弱性の原因となっていることを、次のように説明することができた。 
 
◇ 政策検討において、前提条件①が成立しない状況が1970年代以降1990年代の半ばまで継続していること、また1980年代半ば以降はこれに加えて前提条件③が成立しない状態が継続していることは、新たな機関を設立することで科学技術情報政策を開始した経緯、NIST構想における政策の対象範囲と当構想 の実現性、行政改革の影響等が原因となってもたらされた。 
 
◇1980年代半ばには、前提条件①及び③が成立しない状況であることが原因となって、キャッチアップ段階から脱した日本に相応した新たな科学技術情報政策の構想が提案できなかった。 
 
◇1990年代後半以降の政策検討において前提条件②が成立しない状況となったのは、1990年代半ばまで前提条件①が成立しない状況が継続しており、かつ前提条件③が成立しない状況であったことが原因となっている。 
 
◇1990年代後半以降は、前提条件②が成立しない状況となっていることが、第3期基本計画において「科学技術情報政策の基本方針」の脆弱性をもたらして直接的な原因となっているのではないか。 
 
 以上の項目は、原因の全てを説明するものではないが、これらの経緯の累積によって、第3期基本計画における「科学技術情報政策の基本方針」の脆弱性がもたらされていると説明することができた。  
 
 本論文によって、科学技術情報政策の基本方針を対象とした最初の体系的な研究が行われたと言うことができ、科学技術情報政策研究の基礎構築に向けた第一歩とすることができたと言える。 
 
 また、本論文で用いた次の点は、科学技術情報政策を研究するための方法論として今後も活用していくことができると考えられる。 
 
・科学技術情報流通の「5つの構成要素」 
 
・科学技術情報政策の基本方針として十分な内容が示されるための「政策検討における3つの前提条件」 
 
なお、本研究の成果の一部はすでに査読付論文としての掲載が決まっており、いくつかの学会においても発表されている。 
 
II. 審査結果報告
 本論文の最終報告に引き続き、平成22年3月19日(月)11時半より審査委員会が開催された。審査委員は隅藏康一准教授(主査)、大山達雄教授(副査)、 角南篤准教授(副査)、竹内比呂也教授(千葉大学)、小野寺夏生名誉教授(筑波大学)の5名であったが、科学技術情報政策そのものを正面から取り上げた論文は世界的に見ても多くなくチャレンジン精神旺盛な取り組みである、関係文書を網羅して分析しており適切な指摘がなされている、といった意見に加えて、本論文について以下のような意見が出された。 
 

  1. 「科学技術情報政策の基本方針」の脆弱性に関しては、脆弱性ゆえに何が問題となっているのかを加筆した方がよい。 

  2. 「科学技術情報政策の基本方針」の脆弱性に関しては、脆弱性についての詳細な定義を記載した方がよい。

  3. 政策検討における3つの前提条件があいまいであるので、これらが導出される理由を示した方がよい。

  4. 政策文献の「流れ」についての分析があるとよい。内容面、政策面、形態面でどのような推移があったのか。 

 

 上記のコメントに対して、著者は直ちに論文の修正を行い、修正稿を提出し、主査の最終確認を経た上で博士論文最終版として提出した。審査委員全員は本論文が本学博士論文として妥当であると結論つけた。 

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