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The Roles of Managerial Training, Gender and Social Networks in Managerial Improvement and Firm Performance: An Experiment with Garment Enterprises in Tanzania

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Terrence Kairiza
学位名: 博士(開発経済学)
授与年月日: 2012年12月5日
論文名: The Roles of Managerial Training, Gender and Social Networks in Managerial Improvement and Firm Performance: An Experiment with Garment Enterprises in Tanzania
主査: 園部哲史
論文審査委員: 大山達雄、Jonna Estudillo、鈴木綾(東京大学)、山内慎子、東郷賢(武蔵大学)

I.  論文要旨

 先進国と比べて、低所得国では失業者は少なく、雇用労働者も少なく、自営業者や零細企業経営者の数が多い。そして彼らの所得は低い。それは彼らの生産性が低いからである。その原因については、インフラや、行政や司法制度など、生産者を取り巻くビジネス環境の劣悪さがこれまで重視されてきた。だが最近の文献では、生産者自身の問題、とくに経営能力の低さこそが重要な要因なのではないかという議論が盛んになってきている。本論文は、この議論を一歩進めて、経営者のための経営研修は、彼らの経営能力向上や生産性向上をもたらすのかを明らかにしようとしている。

 そのための手段として、この研究は小規模な社会実験を用いている。これは本学のグローバルCOE「東アジアの開発戦略と国家建設の適用可能性」がタンザニアの首都ダルエスサラームにおいて2010年に実施した実験である。同市でアパレル製品を製造する零細企業のなかから無作為に選ばれた106社を対象とするもので、ランダム化比較試験の方法に従い、これらのサンプル企業の経営者のうちの一部だけを無作為に選んで経営研修に招き、他のサンプル企業を比較対照群として、研修の成果を比較によって明らかにしようという実験である。経営研修では、地元の経営コンサルタントが、国際労働機関(ILO)がかつて普及を図ったStart Your Business Training / Improve Your Business Trainingという経営研修を踏襲して企業戦略の立て方、マーケティングの基礎、簿記の基礎などを教えたほかに、日本人の経営コンサルタントを派遣して、それまでタンザニアの企業経営者にはほとんどまったく知られていなかったカイゼンという日本的経営方法の基礎中の基礎も教えた。

 本論文の第1章は、本論文の目的と課題を述べている。経営研修が研修の受講者に及ぼすインパクトを分析するだけでなく、研修で得られた知識が受講しなかった経営者にも伝わっていく可能性やその経路も調べ、さらにはそれらについての男女差も分析すると述べている。こうした分析結果から、産業育成のための技術移転、技術協力をより効果的なものとすることに役立つ洞察を得ることを目指すとしている。

 第2章は、関連する既存の文献を展望している。伝統的に経済学は、企業の経営についてほとんど語らなかったし、生産性の決定因としての経営能力の重要性を検証してこなかった。しかし最近の文献では、経営の重要性を指摘する実証研究が増え、経営者の経営能力を数量的に把握する試みや、経営能力が生産性に及ぼす影響の大きさを数量的に分析する試みが始まった。その一環として、本論文のように実験を行い、経営能力の向上が可能であることを検証しようという研究が、少ないながら発表されている。また、途上国には女性が経営する零細企業が少なくないが、女性経営者の企業は男性経営者の企業よりも業績が劣るのではないかという仮説をめぐり、これまで主に先進国の文脈で研究が行われてきた。本章は、これらの文献を展望し、その論点を整理して、本論文が検証するべき問題を浮き彫りにし、この研究の意義やオリジナリティを論じている。

 第3章はまず、本論文の実験のあらましと、実験的に実施した研修の内容を解説し、本論文で用いる経営能力の指標の定義や特徴を説明する。そのうえで、サンプル企業から収集した研修前と研修後のデータを叙述的に分析する。それによれば、研修参加者の経営能力指標や、売り上げや利潤などで測った業績の研修前の調査時から研修後の調査時にかけての伸びは、非参加者のそれと比べて明らかに大きい。この結果は、回帰分析を用いて、サンプル企業やその経営者のさまざまな特性による影響をコントロールした場合でも、やはり変わらない。ただし、このような比較によって研修の効果を把握しようという方法には盲点がある。研修で教えられた知識は、参加者と非参加者が知り合いであるとどうしても参加者から非参加者に漏れてしまうので、非参加者の経営能力や業績も高まっているかもしれないからである。そうすると、参加者と非参加者の経営能力や業績の伸びの差は小さくなり、研修の効果が小さめに見積もられることになる。そうしたspillover(漏出)の影響がどの程度あるのかは不明である。本章で用いている方法は、spilloverがないと暗黙の裡に仮定して研修効果を測っているのと同じである。そのため、研修効果の下限を調べたことになるが、下限でもプラスであることから、研修には効果があったと言えるというのが本章の結論である。

 第4章では、男女格差に関する分析を展開している。これまでの文献では、女性経営者は家事その他に時間をとられてしまうため、より時間を経営にかけることのできる男性と比べて業績が劣って見えるという説や、女性経営者はリスクをとる意思が弱く、他社との激しい競争を避けようとする傾向があるから業績が低くなりがちだという説が唱えられてきた。本研究の対象企業の場合、研修前には、女性経営者の業績は男性経営者に劣らず、経営能力指標については女性経営者の方で平均値が高かった。しかし、研修前と研修後の業績や経営能力指標の伸びを見ると、男性の方が大きい。つまり、男性経営者の方が研修から多くを学んだと言えるわけで、既存の文献のいうFemale underperformanceが成り立っている。本章はその原因を掘り下げていく。男性経営者のなかには職人出身の者が多く、学歴も低く、そのため経営に関する知識が女性経営者よりも当初は乏しかったために、研修を通じて女性経営者に追い付いていったという事情がある。もう一つの理由として、男性経営者はみな家族を養うために経営をしているのに対し、女性経営者の多くは副収入を得るために経営をしていて、事業に対する態度に男女差があったこともわかった。

 第5章では、spilloverについての数量分析を行っている。企業調査においては、サンプル企業の106人の経営者のうちの誰が誰と知り合いであるか、研修期間やその後に研修について誰と誰が電話や対面で話し合ったかについて、詳細なデータを収集してあった。本章ではそれを活用して、研修についてより多くの参加者から話を聞いた非参加者ほど、経営能力指標の伸びが有意に大きいことを明らかにしている。人数を度外視して、一人でもいいから参加者から話を聞いたか、それとも誰からも聞かなかったかを比べると、差はでない。つまり、理解するにはより多くの参加者から話を聞く必要があることがわかる。また、統計的に有意ではないものの、業績の伸びについても、より多くの参加者から話を聞いた非参加者の方が大きい傾向がある。

 第6章は、論文全体の結論とともに、学問的な含意と、若干の政策的含意を提示している。本研究で実施した研修には教室での座学だけでなく現場での指導も含まれ、本論文ではそれぞれの効果を分析している。研修をいかにデザインすると研修がより効果的になるかを明らかにするために、こうした研究が今後増えていくべきだという提言をしている。また、経営研修の実験では、研修の参加者の業績あるいは生産性が高まるかどうかにばかり目が行きがちである。もちろん、参加者の業績が改善しないようでは研修の意味がないので、これは当然のことだが、研修が参加者にしか影響を及ぼさず、spillover効果がないのであれば、研修は自費で参加するべきだということになり、公費で賄われるべきではないことになる。これまで経営研修のspilloverの分析は本論文以外には行われていないが、spilloverの有無や程度や経路に関して知見を蓄積することは、研修を公的な政策として実施するべきかどうかを決める上で重要であるとしている。

 

II.  審査結果報告

平成24年7月19日の博士論文最終報告本論文に引き続いて、主査である園部哲史教授、副査の大山達雄教授、Jonna Estudillo教授、鈴木綾講師、山内慎子助教授、東郷賢教授(武蔵大学)による審査委員会が開かれた。その際、本論文について次のような意見が出された。

(1)関心を集めている新しい研究分野において、実験と数度の企業調査からなる現地調査を通じて集めたデータを駆使し、精度の高い分析を行った意義ある研究である。

(2)とりわけspilloverに関する第5章の分析や、教室での指導と現場での指導の効果を比較した第3章の分析には、政策的な含意があり高く評価できる。

(3)経営能力や業績に関する男女比較をした第4章には、女性経営者は男性経営者に比べて能力が劣ると述べているかのように誤解される恐れのある個所がある。

(4)研究のオリジナリティは第2章でよく議論されているが、それ以降の章でも既存の文献と本研究の論点との違いを丁寧に論じるべきである。

(5)第5章で行った回帰分析の定式化の説明には不明瞭な点があり、改善を要する。

 全体として、本論文は学問的に高度な内容をもち、政策含意も有することから本学の博士論文としてふさわしいと全員の意見が一致し、上記で指摘された諸点について修正したうえで、学位を授与すべきであるという判断が下された。

その後、学位申請者は主査の指導の下に論文の改訂を行った。審査委員会から論文修正後の措置について一任を受けた主査が最終版について承認し、指示に沿って正しく修正した最終版が提出されたことを確認した。

 

 

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