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科学技術のリスク評価における非専門家の役割 - 森永ヒ素粉乳中毒事件を中心に -

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 中島 貴子
学位名: 博士(公共政策分析)
授与年月日: 2013年10月23日
論文名: 科学技術のリスク評価における非専門家の役割 - 森永ヒ素粉乳中毒事件を中心に -
主査: 角南篤
論文審査委員: 城山英明(東京大学)、飯尾潤、大山達雄、堀田恭子(立正大学)

Ⅰ 論文要旨

 

本学位請求論文は、日本社会が戦後の復興期から高度経済成長期に移行する矢先に起こった食中毒事件である「森永ヒ素粉乳中毒事件」を事例とし、科学技術のリスク評価における非専門家の役割を検討したものである。ここで言う科学技術のリスク評価とは、科学に基づく技術(科学技術)に起因するリスクの性質を知る行為群とし、科学技術に起因する望ましくない事象を「リスク(risk)」としたうえで、その性質を知ろうとすることを「リスク評価」と定義している。

また、本論文が事例として分析している森永ヒ素粉乳中毒事件とは、日本社会が戦後復興期を脱し高度経済成長期に移行する矢先、西日本一帯に広がった大規模な化学性食中毒事件であり、食中毒の原因施設が森永乳業株式会社徳島工場であったこと、原因食品が液状の生乳や加工乳ではなく、粉状の乳児用調整粉乳であったこと、病因物質がヒ素化合物であったことの3点を本論文は重要な分析要素と位置付けている。

 当該研究の目指すところとして、本論文は医学、公衆衛生学、食品加工学、食品衛生学など科学技術の特定分野に関する専門知識を習得し、その優位性を活かした職業人を科学技術の専門家とし、この範疇に含まれない人を「科学技術の専門家」と総称し、そうしたアクターが科学技術のリスク評価において果たした役割を、科学技術のリスク評価における非専門家の役割の特徴、可能性、限界を明らかすることを第一の目的としている。また、森永ヒ素粉乳中毒事件は紛れもない食品事故であり、事件発生後の被害者の社会的な扱われ方が特異であることから、加工食品のリスクの性質と加工食品のリスク評価における被害者の役割を明らかにすることを第二の目的としている。

 そこで、筆者は英国の科学技術のリスク社会論や科学社会論の研究から、スターリングとカロンの理論的フレームワークを用いて、これらの課題について分析を行った。その事件史の分析の結果、リスク評価の対象設定(フレーミング)は一様ではないこと、また、リスク評価の目的、方法、担い手の選択次第で結果は大きく異なること、さらに、リスク評価の結果が公共的な意志決定に反映されるかどうかも一様ではないことを明確にした。また、カロンの分類を用いた筆者が定義する非専門家(被害者)の役割の二面性を明らかにし、一方で社会的に放置されていた重要なリスク評価対象の可視化に貢献し、他方で被害者救済の観点からリスク評価の目的を修正するという機能を果たしたということを示した。その上で本論文は、森永ヒ素粉乳中毒事件の分析から、リス湖評価の担い手を科学技術の専門家に限定する必要はないとし、とくにある物質の長期的な人体影響に関するリスク評価の場合は被害者そのものの存在が貴重な情報源であり、リスク評価の対象者兼担い手として被害者の主体的関与は重要であると結論付けている。

 

Ⅱ 審査結果報告

 

去る平成25年5月17日に当該論文の博士論文発表会を行い、引き続き論文審査委員会を開催した。審査委員からは、事例として取り上げた森永ヒ素粉乳中毒事件について判決、ヒアリング、被害者団体に関する資料などを詳細に調査し整理記述している点を高く評価する意見が多く出された。一方で、理論的フレームワークとして用いたスターリングモデルをはじめ、理論と実証との関係が不明確であるという意見も各委員より共通の指摘があった。とりわけ、アクターによる知識の把握と社会的認知との区別など科学的知識の不確実性の扱いにおいて、専門家と非専門家の役割に関する理論的フレームワークを丁寧に整理しなおすことが必要であるということで結論に至った。また、政策的含意についても、同様に丁寧にそれぞれの定義を明確資することで改善の余地があるとした。

 したがって、審査委員会としては、事例研究として取り扱った森永ヒ素粉乳中毒事件の分析の研究的価値や政策的意義の高さに加え、著者がこれまで断片的かつ限定的にしか研究されてこなかった事件の全体像を包括的にまた詳細に整理記述している点を評価し、本論文に対し修正条件を付した合格(修正期間は半年)と判断した。

審査委員会の結論を受け、審査委員会主査の指導の下約5カ月をかけ論文修正を進めた結果、10月初旬に改訂版が完成、再度審査委員から最終的な了承を得るに至った。修正により、本論文の課題であった理論と実証の相互関係がより明確となり、具体的にスターリングとカロンの理論が森永ヒ素粉乳中毒事件を事例に、検証されつつもさらなる理論的フレームワークの発展性への可能性まで示すことができた。

 

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