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AN INQUIRY INTO MENTAL HEALTH AND HELP SEEKING BEHAVIORS IN JAPAN

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 薄田 涼子
学位名: 博士(公共経済学)
授与年月日: 2013年9月4日
論文名: AN INQUIRY INTO MENTAL HEALTH AND HELP SEEKING BEHAVIORS IN JAPAN
主査: 園部哲史
論文審査委員: 池田真介、Robert Leon-Gonzalez、Alistair Munro、澤田康幸(東京大学)

I. 論文要旨

自殺によって死亡する人は世界で毎年100万人もいるが、最近の研究によればその大半が生前うつ病等の精神疾患を抱えていることや、適切な治療を受ければ精神疾患の多くは治癒することがわかっている。そこで自殺予防へ向けての社会的な取り組みの第一歩として、精神衛生上の問題を抱えやすい個人のタイプを把握することや、ストレスを感じているのに抱えているのに治療を受けないタイプを絞り込んでおくことが望ましい。これまでの研究から、日本も含めて多くの国で男性の方が女性よりも自殺が多いことや、景気あるいは失業といった経済的な要因が自殺率と関係が深いこと、さらに離婚や家族との死別、子供の有無など家族形態も自殺リスクと関係していること等がわかっている。しかし、そういった性差や経済・社会的要因が、自殺リスクではなくて、精神疾患のリスクやそれへの対処の仕方とどのように関連しているのかを実証的に探究した研究はまだ非常に少ない。

本研究は、都道府県別のパネルデータ(2001-2010)と、2004年の国民生活基礎調査というサーベイ調査の結果の個票データを用いて、こういった精神衛生上の問題と経済社会的要因の間の相関を、男女および年齢層別に分析している。国民生活基礎調査はかなり大規模な調査であるが、プライバシー保護の観点などから、調査結果の利用に対して非常に厳しい制約がある。そのため本研究も、その膨大なデータの一部しか活かすことができていないが、随所に新しい試みを行っている。とくに、ストレス等の精神衛生上の症状を感じた時の助けの求め方に見られる個人差が、配偶者の有無、職業の有無、住居のタイプ、年齢、男女によってどのように左右されるかに関する実証的な分析は新しい。

第2章は、経済学、社会学、疫学による自殺や精神衛生の先行研究のサーベイを行い、本研究の意図や、仮説、方法、期待される貢献を説明する。第3章は、都道府県別のパネルデータを用いて、都道府県レベルの経済的、社会的な要因と精神衛生の様々な指標とどのように関係しているかをFixed-effect modelsの推定を通じて明らかにする。第4章では、個票データを用いて、個人の特性とさまざまな精神衛生上の問題の抱えやすさとの関係をlogit分析により実証する。第5章では、やはり個票データを用いて、個人の特性とストレスへの対処行動との関係をSequential logit分析により実証する。

すでに指摘されていることであるが、男性は女性に比べストレスや不眠などの精神衛生上の問題を訴える頻度が低く、ストレスを抱えていても相談する頻度も低いことが確認された。このようにストレスの抱え方そのものに大きな性差はある一方、ストレス等の精神衛生上の問題と関係する社会的、経済的な背景の中には男女ともに共通しているものもあり、たとえば男性でも女性でも、失業している者、離婚している者、賃貸住宅に住んでいる者は、精神疾患のリスクが高いことが分かった。

社会学の立場からの仮説として、男性の方が収入を得て家計を支えなくてはならないという義務感が女性に比べて強いというものがある。この仮説を延長すると、無職でありながら職探しもしていないという状況は、男性としてはかなりプライドの傷つきやすい状態であって、同じ境遇にある女性に比べて、男性の方がストレスを感じやすいという仮説が得られる。本研究では、この仮説と整合的な実証結果を得た。さらに、45-54歳の男性のうち、無職で職を探していない者や失業中の者では、ストレスを抱えた際に誰に相談してよいか分からず相談できないでいる傾向が、職に就いている同世代の男性よりもはるかに強いことがわかった。女性にはこのような傾向はほとんど見られない。これらの実証結果は、これまでの文献にない新しい発見である。

政策的な含意として本研究は、失業や離婚、賃貸住宅に住んでいる等の背景を持つ個人の精神衛生上の問題の訴えに早く気付き、適切な治療につなげるべきであることと、職業を持たない男性や配偶者を失った単身の男性などに対して相談機関などの情報を提供すべきことの二点を挙げている。

本研究のうちの第3章の都道府県別パネルデータを用いた分析は、すでに査読付きの学術誌『日本経済研究』(日本経済研究センターJCER)に採択され、近く刊行される予定である。第4章と第5章の個票データの分析は、2編の学術誌用論文にするように計画していて、そのうちの一つをSocial Science and Medicineというジャーナルに提出した。もう一つは完成に2,3週間を必要とするという段階である。

 

II. 審査結果報告

平成25年7月19日に博士論文最終報告会が開催され、それに引き続いて審査委員会が開かれた。審査委員は、主査の園部哲史、副査の池田真介、Robert Leon-Gonzalez、Alistair Munro、澤田康幸(東京大学)の5名である。委員会では、本論文について次のような意見が出された。

 

(1)     全体的に分かりやすく記述されており、議論も一貫している。

(2)     実証分析のための仮説の書き方として、より科学的な分析を導く文章となるように工夫を加えるとよいところがある。

(3)     都道府県別のパネルデータの実証部分では、Fixed-effect modelとともにRandom-effect modelの推定結果とHausman’s specification testの結果も示すべきである。

(4)     既存の文献を展望している第2章では、欧米および日本の研究が主に引用されている。しかし、日本と文化的に類似していると思われるアジアの国々の研究の引用が少ないのは、不自然である。

(5)     自殺リスク因子の一つとしてアルコール依存があることが知られているが、既存の文献を展望している第2章では、その点が忘れられている。アルコール依存に関する既存の研究に言及し、精神疾患リスクの実証分析にアルコール依存の影響も可能な限り考慮するべきである。

(6)     回帰分析の方法や結果の説明に、やや冗長なところがあるので、文章を改善する余地がある。

審査委員会では、本論文が学問的な貢献があり政策含意も有することから、全員一致で本学の博士論文としてふさわしいと判断し、以上のコメントに沿った改訂が確かに完了したことを主査が確認したうえで、博士(公共経済学)の学位を授与するべきであるという結論を得た。

改訂の作業は7月20日から8月14日まで、主査の監督のもとに行われた。上記のコメント (2)に従って、p.28、p.51、p.72に改訂した仮説が掲げられている。コメント(3)をうけてrandom-effect modelの推定を行い、その推定結果とHouseman testの結果をp.143から始まるAppendix Table Dに掲げた。コメント(4)に従い、アジアにおける関連する実証研究の論文をいくつかp.17に引用した。コメント(5)に従い、アルコール依存に関する議論をp.15で展望したうえで、個票レベルのアルコール依存のデータを使って、logit分析を行った。改訂版では、その分析結果を記述統計とともにAppendix Table E(p.147から)に掲げ、p.53において検討している。コメント(6)に沿って、第3.2節、3.3節、4.1節、4.2節、5.1節で表現の修正を行い、第3.3節と第3.5節をそれぞれ二つのサブセクションに分割した。

博士論文の最終版は8月16日に提出された。主査はそれを慎重に検討し、以上のように改訂が完了したことを確認した。

 

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