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TOWARDS SECURITIZING THE NARCOTICS PROBLEM IN INDIA?

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Praduymn Kumar Tripathi
学位名: 博士(国際関係論)
授与年月日: 2013年7月24日
論文名: TOWARDS SECURITIZING THE NARCOTICS PROBLEM IN INDIA?
主査: 恒川 惠市
論文審査委員: 白石 隆、道下 徳成、大山 達雄、福海 さやか(亜細亜大学)

I.論文要旨

本論文は、インドで客観的には麻薬問題が深刻化しているにもかかわらず、政府による取り組みがきわめて不十分な事実を、主観的な「安全保障問題化(securitization)」の欠如としてとらえ、その原因を、広範な文献調査と10州と首都圏における現地調査・ヒアリングを元に探究したものである。

 序論において著者は、先行研究レビューをおこない、冷戦後「安全保障」概念の適用範囲が広がり、麻薬問題を含む「非伝統的安全保障」への関心が高まっているにもかかわらず、現代インドの麻薬問題についてはほとんど研究されたことがない点を指摘し、その原因を探る理論枠組みとして、客観的な事実よりも主観的な認識が人々や国家の行動を左右するという構成主義アプローチに基づく「安全保障問題化」概念を導入する。そしてインドで麻薬問題の「安全保障問題化」がおこらないのはなぜかという本論文の基本テーマを提起する。

 続く2つの章は、インドで実際に麻薬問題が深刻度を高めていることを、人間の安全保障や経済安全保障への脅威、内外のテロ組織への麻薬マネーの流入などの点で明らかにし、それへのインド政府の対応を、麻薬供給源対策、麻薬消費削減策、麻薬密売対策に分けて分析する。その結果言えることは、インド政府の麻薬対策が、問題の深刻さに比べてあまりにも不十分なことだとする。

 そこで次の3つの章で著者は、インドにおける麻薬問題の「安全保障問題化」欠如の原因を一つ一つ検討する。第一は歴史的・文化的・宗教的要因である。インドではイギリス統治時代にアヘン・ヘロインの販売・輸出収入が貴重な政府歳入となり、それが歴史的遺産として独立後も残ることになった。今日でもインドは、合法的にアヘン剤を(医療向けに)製造できる世界で唯一の国である。しかし様々な地域で栽培される芥子が合法的かどうかを把握することは容易でない。その結果芥子栽培は広大な地域に拡散した。麻薬(特にマリファナとヘロイン)はインド社会で儀式や祭りや医療において消費されてきたという事情もある。麻薬が一概に「悪」とはとらえられない伝統がある。

第二は政治的・制度的要因である。インドは独立以来民主主義体制を維持しているが、それは文化的・宗教的・言語的に著しく多様な社会に接ぎ木されたために、政治的に合意を達成することは至難の業である。さらにインドは事実上連邦制をとっており、麻薬取り締まりにあたる警察は州政府の管轄下にあるため、中央政府の政策は、しばしば無視ないし軽視される。中央政府と州政府を握る政党が異なる場合はなおさらである。さらに中央政府内部でも麻薬政策は財務省と内務省の複数の部局が分掌しており、その間の調整を担う制度が確立していない。そのためもあって麻薬対策を担う個々の部局の人員・予算・資材はきわめて貧弱なままである。」

第三に、インドが直面する伝統的な安全保障問題の深刻さが、麻薬問題のような見えにくい脅威に対する対応を遅らせているという側面がある。インドはパキスタン、中国、バングラデシュなどの近隣国と長期にわたる国境紛争を抱えており、それに付随する国際テロの標的でもあるので、多大のエネルギーとリソースを対外安全保障に割かなければならない。さらにナクサライトや北東部分離主義者など、国内の反乱勢力対策にも多大の注意を払わなければならず、麻薬問題は相対的に軽微な問題として認識されてしまうのである。

しかし、実際には麻薬マネーとテロ集団や国内反乱勢力の結合に見られるように、麻薬問題は伝統的安全保障問題に劣らない深刻な問題になっているというのが著者の結論であり、この問題に対処するための政策提言として、分散した部局や中央・地方間の政策調整を強力に押し進めることのできる中央組織を樹立すること、麻薬情報センターを設置して麻薬の生産や乱用についての情報を収集すること、麻薬問題の社会や個人に対する悪影響に関するキャンペーンを実施することなどをあげて、論を締めくくっている。

 

II.審査結果報告

本論文の最終報告に引き続いて開催された論文審査委員会において、インドにおける麻薬問題という世界的にもよく知られていないテーマについて、広く文献を渉猟しただけでなく、麻薬栽培現場も含む現地での調査を実施して、様々な新しい情報を発掘した上で論文にまとめたことが高く評価された。他方で、論文の理論枠組みを中心に、審査委員から以下のような諸点について修正が提言された。

(1)ある問題の「安全保障化(securitization)」という概念を使用する場合、通常は「軍事化」を想定するので、本論文において非軍事的側面を重視することについては、それなりの正当化が必要である。

(2)結論部分で、本論文の学術的(理論的)貢献を明確に書くべきである。

(3)インドにおける麻薬問題の「安全保障化」の欠如を説明する要因が3つ提示され、それぞれの要因がさらに複数の要因に分解されているが、諸要因を重要性によって構造化することはできないか。

(4)統計数値の解釈において正確でない部分がある。

以上の諸点以外に、脚注や文献目録の書式について、審査委員から詳細な修正メモが提示された。以上のコメントや注意にそって論文が修正され、主査が責任をもって確認することを条件として、博士論文として合格とすることを決定した。

 その後、学位申請者は、主査の指導の下に論文の改訂をおこない、修正内容についてすべての審査委員の了解を得た上で、最終版を提出した。したがって、当審査委員会はこの博士論文を合格とする。

 

以上

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