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住宅瑕疵担保履行法の分析-政策効果の分析を政策過程に取り込む必要性について-

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 高橋 正史
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2012年2月22日
論文名: 住宅瑕疵担保履行法の分析-政策効果の分析を政策過程に取り込む必要性について-
主査: 飯尾潤
論文審査委員: 田中誠
大山達雄
伊藤正次(首都大学東京)

Ⅰ.論文要旨

 

 本論文は、2005年に発覚した構造計算書偽装事件を受けてなされた諸改革のうち、供給された住宅に欠陥があった場合に、住宅業者が瑕疵担保責任を確実に履行できるようにするためにとられた制度改革である「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律」(住宅瑕疵担保履行法)について、その政策過程の追跡と、予想される政策効果に関するモデル分析によって、その意義と問題点を総合的に研究しようとしたものである。分析の結果、この法律に結実した改革には、長い前史があるとともに、関係者の利害が錯綜するなか、慎重な調整過程によって法律が成立したものの、法案作成においてモデルを用いて経済効果を予測するといった政策分析が明示的に用いられていなかったために、政策効果の予測が十分でないまま制度が発足したことが明らかになったとされる。 
 第1章では、研究の目的や背景に加えて、使用する分析手法が検討され、先行研究との関係も整理されている。そこでは、論文提出者が法案作成に関わった経験を 生かしつつ、改めて資料を収集し、分析手法を導入して、法案のあり方について総合的に再検討することが述べられ、政策過程については、「政策の窓モデル」 を修正して大枠としつつ、他の枠組みも併用し、政策の結果の予想に関する分析としては経済モデルを使用することが述べられ、関連の業績との関係が整理され ている。 
 第2章では、住宅の安全性の確保あるいは住宅購入者の保護に関係する制度が解説されている。まず研究対象とする住宅瑕疵担保履行法の概略が示され、次に関連する住宅品質確保法、建築基準法、建築士法、建設業法、宅地建物取引業法が解説される。そして、関連する制度の諸外国の状況について比較している。 
 第3章では、問題が認識されてから、住宅瑕疵担保履行法が成立するまでの政策過程を、大枠として「政策の窓モデル」によりながら、詳細に記述している。時期は2005年から2006年の春までと、それ以降法案が成立する2007年までに分けられる。まず前期においては、構造計算書偽装事件はじめとして住宅やその取引の安全性について疑問を投げかける事件が相次ぎ、マスコミの報道によって、国民意識にも変化が生じたことが論じられ る。そうした状況で、負担がかかっても、制度を改正して住宅瑕疵担保責任を履行できる体制を作るべきだという認識が広まり、政治的にも活発な動きが出て、法律制定に動き始めたことが述べられる。その際、住宅購入者の保護に関しては、すでに1970年代から、政策担当者の間では認識があり、建設省や住宅宅地審議会などで検討が続けられ、関連する制度が少しずつ整備されてきたことが記述され、とりわけ住宅性能保証制度などによる任意の保険制度が存在したことが示される。そして、2006年春には、社会資本整備審議会や住宅瑕疵担保責任研究会で制度整備が検討されながら、いったんは保険加入を義務づける法制定が 断念された経緯について、さらなる政策具体案の検討の必要性と関係者の合意調達に着目して説明される。ただ、後期に向けて、国土交通省内部に担当する準備室が設けられ、本格的な検討が続けられたことが記述される。また、国会で建築士法等の改正案が成立するなかで住宅の瑕疵担保に関する問題も議論され、政治的にも制度を整備する環境があったことが示される。そして社会資本整備審議会基本制度部会を舞台に検討が続けられ、資力確保の義務づけについては、住宅事業者からの反対も弱まり、制度に関する具体的な論点に移行したことが検証される。そうして、関係者と調整しながら制度改革を続け、時間をかけて法案が準備される様子が記述される。その結果、2007年3月に国会に法案が提出され、5月24日に住宅瑕疵担保履行法は成立する。そのあと、それまでの過程を振り返る形で、資力確保の選択肢、引き受け主体や再保険など保険制度に関する論点、保証金など供託に関する論点などが整理されて、結論に至った事情が解明され る。 
 第4章では、住宅瑕疵担保履行法が成立してから施行されるまでの政策過程を、同じく「政策の窓モデル」を変形したモデルを大枠として使いつつ、詳細に記述している。この章では、前年に成立した建築基準法の施行に伴って建築確認の停滞が明らかになり、強い批判にさらされたために、住宅瑕疵担保 履行法においても同様の混乱が起こることへの危惧から、国土交通省も念入りな実施に努めるた様子が具体的に記述される。また、この章では第3章から第4章に至る政策過程を振り返って、新しい制度の創設を可能とした条件として、検討の基礎となる先行制度が存在したこと、研究会など一定の検討の場が設定されたこと、人的資源も配分されたことなどが、指摘された。また、制度改革の内容に関しては、現行制度を下敷きに新制度を立案する行政慣行が供託制度の導入に有利に働くとともに、関係者の合意を得るために保証金額について低めの設定がなされたことが明らかとなった。 
 第5章では、住宅瑕疵担保履行法の政策効果について、経済学のモデルを使いつつ、その保険制度と供託制度に分けて政策効果を検討し、それぞれの社会的総余剰を比較している。まず、保険制度と供託制度について、住宅事業者や保険法人が利潤最大化のためにとる注意水準のもとでの社会的総余剰をモデル化して求め、簡易な紛争処理制度が利用可能で、保険法人が住宅検査を行う保険制度の方が、より厚生を大きくできる可能性が高いことを示した。また、供託における保証金額と、保険制度における推定純保険料を比較し、現行の保証金額が過小である可能性を示した。 
 第6章および「おわりに」では、研究をまとめて、供託制度導入の問題について検討したうえで、政策過程および、住宅瑕疵担保履行法の改善に関する政策的含意を述べ、関連する住宅政策の今後についても展望している。

 

Ⅱ.審査報告

 

 平成24年1月6日(金)の博士論文最終報告に引き続き、主査である飯尾潤教授、副査である大山達雄教授、田中誠准教授、伊藤正次教授(首都大学東京)による審査委員会が開かれた。この際、本論文について、次のような意見が出された。 

 

  1. 特定の事例に関して、政策過程を詳細に跡づけたうえで、その政策の効果予測についても厳格な政策分析がなされており、双方合わせて総合的に政策を徹底的に研究したものであり、高く評価されるべき研究である。 

  2. 政策提言に関しても、控えめながら具体的で明快な政策代替案と、政策過程上の改善点を示しており、この点でも、優れた政策研究であると評価できる。 

  3. 政策過程の分析枠組みの提示に関して、「政策の窓モデル」で分析した部分と、それ以外の枠組みで分析している具体的な調整過程との区別を明確にした方がよい。

  4. 政策効果の分析に関して、モデル分析の意義や、先行研究との関係、モデル上単純化した部分について、より具体的に示した方が望ましい。 

  5. 保険制度と供託制度の共存という現状において、保険料率や保証金額や変化によって、両者の関係が変わりうることについて触れた方がよい。 

  6. 題名をより簡明なものにすることと、長すぎる章を分割するなど、体裁を整えるべきである。 

 

 全体として、本学の博士にふさわしい優れた論文であると全員の意見が一致し、上記で指摘された諸点について修正したうえで、博士(政策研究)= Doctor of Policy Studiesの学位を授与すべきであるという判断が下された。論文修正後の措置に関して、各審査委員が最終版について承認し、修正した最終版が提出されたことを主査が確認した。

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TEL : 03-6439-6000     FAX : 03-6439-6010

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