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The Dynamic Relationships between Farm and Nonfarm Activities and their Impacts on Poverty Reduction: Evidence from Rural Philippines, 1979-2003 (農業と非農業就業の動態的変化と貧困削減への影響:1979年から2003年に関するフィリピン農村地域の実態)

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 高橋 和志
学位名: 博士(開発経済学)
授与年月日: 2009年1月28日
論文名: The Dynamic Relationships between Farm and Nonfarm Activities and their Impacts on Poverty Reduction: Evidence from Rural Philippines, 1979-2003 (農業と非農業就業の動態的変化と貧困削減への影響:1979年から2003年に関するフィリピン農村地域の実態)
主査: 大塚啓二郎教授
論文審査委員: 黒澤昌子教授
Jonna P. Estudillo助教授
加治佐敬准教授
不破信彦准教授(千葉大学)

I. 論文要旨
 
貧困者の大半は農村に住んで農業に従事している。こうした貧困者をどのようにして減少させるかは、開発経済学の中心的テーマである。しかしながらその実際的重要性とは対照的に、どのような要因が貧困を規定し、どのようなメカニズムによって貧困の度合いが変化してきたかについては、未解明な部分が多い。その基本的な理由は、そうした貧困の変化の実態を解明するためには長期にわたる同一の個人または同一の家計の構成員のデータ(いわゆるパネルデータ)が必要であるが、そうしたパネルデータは入手しにくいからである。
 本研究の第一の貢献は、1979年と1986 年に国際稲研究所(IRRI)によって調査された農家を2004年に再調査し、フィリピンの中部ルソン地域における貧困の状況を、1979年、1986 年、2003年の3時点について明らかにしたことである。それを扱っているのが第3章(Changing Structure of Income, Poverty Dynamics and Changing Use of Labor and Capital in Rice Farming)である。本研究の第二の貢献は、1979年に農家家計のメンバーであった子供たちについて追跡調査を実施し、2003年時点における職業、居住地、労働所得の決定因を解明したことである。その中には農村にとどまった子弟ばかりでなく、マニラに移住した子弟が含まれる。こうした追跡調査は 前例が無く、本研究独自のユニークな業績につながっている。第三の貢献は、第一の分析と第二の分析をたくみに結合して、貧困削減の動態的メカニズムを明ら かにしていることである。第二および第三点は、第4章(Human Capital Investment and Poverty Reduction over Generations)において分析されている。
 第1章(Introduction)と第2章(Overview of Study Area and Hypothesis)に続く第3章の分析によれば、1979年時点では農家家計の農業所得の割合が高く、その主要な決定因は農家経営規模、灌漑の有無、 土地所有形態(つまり自作農か小作農か)であった。なお灌漑の効果がとりわけ重要である背景には、灌漑のある水田でとりわけ高収量性を発揮する「近代的水 稲品種」が中部ルソンで普及したという事実がある。しかし時間の経過とともに農家所得における非農業所得の比重が高まり、1986年や2003年では家計 メンバーの教育水準が決定的に重要になってきた。つまり、以前は土地へのアクセスが農家の家計所得の重要な決定因であったが、非農業部門からの収入が重要 になると人的資本がより重要な役割を果たすようになってきたのである。
 さらに第3章では、非農業所得の向上が農家の信用制約を緩和し、農業の機 械化が促進されるのではないかという仮説の検証が試みられているが、それを支持する結果は得られていない。それは本研究が指摘するように、フィリピンでは トラクターや脱穀機のレンタル市場が発達し、信用制約が問題にならなかったためであると思われる。
 所得の決定因としての人的資本の重要性に鑑み、第4章でまず農家の子弟の教育年数の決定因が分析されている。それによれば1979年時点における親の所得の多寡が、その後の子弟への教育投資に決定的な影響を与えている。そしてさらに、子弟の教育水準が高まると成人したのちに彼らが農業より非農業に就業する傾向が強まり、地元よりは都市や海外で就業する傾向が高まることが明らかにされている。所得面で見れば、マニラにおける就業において教育が顕著に重要な決定因になっているのに対して、農村での非農業部門への就業では、教育は重要であるもののマニラのそれほどではないという結果が得られている。特に後者の結果、全体に貧困者の割合が削減されているこ とが報告されている。こうした第4章の分析結果は、ユニークかつ重要であり、この研究の主要な学問的貢献をなしている。
 第3章の主要な分析結果 は、農業発展論の代表的な国際的学術雑誌であるAgricultural Economics に投稿し、現在はコメントを踏まえた改訂版を再投稿中である。コメントは好意的であり、アクセプトされる確率が高いと思われる。また第4章は、K. Otsuka, J.P. Estudillo, and Y. Sawada (eds.), Rural Poverty and Income Dynamics in Asia and Africa, Routledge, forthcoming に掲載されることになっている。なお両論文ともに、主査である大塚啓二郎教授との共著となっている。
 
II. 審査結果報告
 
  平成20年10月6日の本論文の最終報告に引き続き、審査委員会が開催された。審査委員は大塚啓二郎教授(主査)、黒澤昌子教授(副査)、Jonna P. Estudillo 助教授(副査)、加治佐敬准教授(副査)、不破信彦准教授(千葉大学)の5名であった。なお、大山達雄教授も審査委員会の議論に参加した。審査委員からの 評価は一般にきわめて良好であったが、修正すべき箇所として以下の点があげられた。
 

  1. 貧困削減に関する非農業所得の重要性を考えれば、非農業就業機会の具体的な内容についてより詳しい説明があってしかるべきである。

  2. 非常に複雑なデータを用いた分析であるので、因果関係の識別について、より明快な説明が望まれる。

  3. 農業機械化をもたらす要因については、信用制約の緩和だけでなく、労賃の上昇による代替効果も考慮すべきである。

  4. 農家子弟の職業移動が、経済発展とともにもたらされていったのか、単にライフサイクルを反映したものであるのか区別して議論すべきである。

  5. 学校や道路などのインフラ投資が教育と非農業雇用機会を拡大した効果についても議論すべきである。

  6. 要素価格が回帰分析に用いられていないことの説明が必要である。

  7. 雇用労働の源泉はどのような家計であるかの説明がない。

  8. 雇用労働支払いに関する回帰分析は余分である。

  9. 直播や除草剤利用も労働節約技術に含め議論すべきである。

  10. 仮説の妥当性は記述統計ではなく、回帰分析結果から判断すべきである。

  11. 仮説の表現に適切さを欠くものがある。仮説1の”Driving Force”はその一例である。

  12. 論文の中では高い教育を受けた労働者が非農業部門への参入することで非農業の発展がもたらされた点について十分には検証されていない。よって、本研究のファインディングとしてではなく、将来の分析課題とするよう表現を改めるべきである。

 

申請者は、上記のコメントを踏まえて博士論文の修正を行い、最終稿を提出した。主査はそれを慎重に検討した結果、すべてのコメントが十分に修正稿に反映されていると判断した。それを受けて、審査委員会は本論文が本学博士論文として妥当であると判断した。

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