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食品安全・安心問題の政策革新 :フードシステムの視点からの実証と検討

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 高橋 克也
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2011年3月23日
論文名: 食品安全・安心問題の政策革新 :フードシステムの視点からの実証と検討
主査: 飯尾潤教授
論文審査委員: 飯尾潤教授
大山達雄教授(副査)
増山幹高教授
中嶋康博教授(東京大学)

I. 論文要旨
 本論文は、フードシステムという観点を設定し、現在問題となっている食品に関わる安全・安心問題がどのように定義され、どのように認識されているかを実証分析から検討し、これまでの政策的対応の問題点と、今後の政策立案において考慮すべ き諸点を明らかにすることを目的としている。
 第1章「食品安全・安心問題の定義化と政策空間」は、事件や報道の急激な増加にもかかわらず、食中毒件数の増加が確認されていないことを出発点に、現在の食品安全・安心問題がどのように定義され、いかに政策課題として認識されたのかをもとに、論文の課 題を設定した。とりわけ、フードシステム主体間での「安全・安心」の認識の差異、すなわち安全と安心は別々であるが不可分なものとして捉える消費者と、それらを全く独立した概念として扱う事業者や専門家・行政担当者の存在に着目し、食品安全・安心問題において公共的解決が必要な政策として社会全体で目標が 共有されているようにみえるものの、実際にはフードシステム各主体によって問題定義を含めた認識と理解が異なっている状態にあることが問題点として抽出さ れた。すなわち、政策目標という最初の課題設定にズレが存在しており、これが食品安全政策の政策的手段やアプローチの違いを生じさせ、政策決定の重心や政策アクター間のバランス、あるいは政策そのものの優先順位やプロセスといったものを歪めている可能性を検証することを目指すこととした。
 第2章 「『食品安全政策』の制度化と均衡の崩壊」では、既存の「食品安全政策」における制度の特徴とその問題点が扱われた。従来の食品安全政策は、個別品目や特定段階といった別個の政策として段階的に構築され精緻化して発展してきたものであり、食品安全を上位の政策目標においた包括的な制度政策ではないことに注意が喚起される。そのため、それら政策は平時には有効に機能しながらも、実際に食品安全上の問題が発生した局面では、矛盾と対立を含む性格を内包していたとされる。また、これまでの食品安全政策における大きな政策転換のきっかけは、そのほとんどが事件や事故の発生を契機としており、いわば外部から強制的に 設定された政策課題であるため、包括的な政策変更がなされにくかったことも指摘された。
 第3章「フードシステムにおける安全・安心の心理」で は、フードシステム各主体における安全・安心の意味とそれらの定義について、「安全感」という概念を用いながら実証的な検討がなされた。すなわち、社会心 理的分析によって、フードシステム各主体の安全・安心の認識が異なっており、その意味で現在の食品安全・安心問題とは、ある種「同床異夢」という状態におかれていることが明らかになった。分析結果からは、フードシステム各主体では安全という「結果」とともに、それら安全への「手続き」や「取扱い」といった プロセスを重視していることが共通した特徴として示された。同時に、これら手続きや取扱いは「法令順守感」や「衛生管理感」などの心理要因を含む重層的な構造を持っており、食品安全・安心問題における「問題のかたち」そのものがフードシステム各主体間で異なっていることが示された。
 第4章「フードチェーンにおける情報格差と安全・安心」では、消費者の安全・安心を脅かす要因としての情報不足について焦点をあてた分析がなされた。消費者からの情報要求に対して果たして情報は十分に開示・提供されているのか、もしそうでないとすればどの様な理由があり、それらは適切な制度的対応がされているのかという問題意識から、生鮮野菜を対象とした分析では、フードチェーン全体で情報ニーズに対し開示が低い水準にあることが確認された。それらは情報の量や質、あるいは受発信といった多様な局面や段階で生じたものであった。また、情報態度の非対称性が、情報の接点となるフードチェーン主体間、及び情報の中間点となる事業者内部において発生しており、いわば二重の非対称性の存在が情報伝達を阻害しているとされた。なかでも、消費者の関心の高い安全に関する情報項目で非対称性が顕著で、情報ニーズが流通川上の事業者に適切に伝わらず、生産者からの情報開示も流通段階で減衰することから、フードチェーン末端の消費者では 情報不足に陥りやすい状態にあることが読み取れた。つまり、現在のフードチェーンそのものが情報の偏在を引き起こすという構造的な特徴が、前章における 「問題のかたち」の違いの原因ともなっているとされる。
 第5章「食品表示をめぐる消費者ニーズと制度・政策」では、加工食品の表示範囲の制度的拡大とその背景が検討され、表示の社会的意義が変化・拡大していることが指摘された。本来、食品表示とは、内容や品質を保証・担保する機能を備えているが、食品安全・安心問題が定義された現在においては、食品表示は食品安全の指標としての役割も求められているとみられる。その点で、消費者にとって食品表示とは「食品安全のリアリティ」というべき存在であり、表示違反とはその安全を侵害されたものであって、客観的な安全としての食品リスクの有無とは別に、 食品安全・安心問題にとって重大な影響を及ぼすことになるので、表示制度の厳格化が求められているという分析がなされた。これらは、先の安全感の分析結果とも整合するものであるが、現在の表示制度見直しといった制度設計において、これらの視点が考慮されていないことも指摘された。
 第6章「食品安全・安心問題の政策革新」では、これまで各章で得られた結果と考察を総合し、論文全体のまとめとして食品安全・安心問題の政策的対応と今後の方向性について論じた。
  まず、新たな食品安全の制度的枠組みとして設けられた食品安全委員会を題材にとりあげ、リスク分析を政策形成過程から位置づけ、その役割とこれまでの成果を検証し、食品安全・安心問題において求められている政策視点を整理した。食品安全の政策形成過程において、なかでも政策決定プロセスの透明性を確保する 観点から、リスク評価機関としての食品安全委員会の意義が強調されているが、これに加え、実際の政策決定がリスク評価後の管理措置の選択までが含まれる過程であることを考慮すれば、リスク管理機関としての説明責任の重要性があることが主張された。また、リスク評価の起点となるリスク管理の初期作業とともに、リスク管理結果のモニタリングの実施状況、あるいは消費者を含めたリスクコミニュケーションが不十分な状態におかれている点から、リスク分析を含む新 たな「政策のかたち」が、現在の食品安全・安心問題といった「問題のかたち」に十分に対応したものとなっていないことが指摘された。
 その大きな要因として、安全・安心の単純化の弊害があげられる。これまでの分析で、消費者は安全の可視化要求として、安全の取扱いや手続きを重視するという結果が示されていたが、その内容として法令順守や衛生管理面での確認が求められる。同時に、新規リスクの出現とともに、それらリスクを生み出す環境や背景といった、いわば社会的要因までを含んだ幅広い範囲にその定義が拡大していることが問題となる。そのため、現在の食品安全・安心問題では、社会全般に広く薄く分 散した潜在的なリスクと広義のリスクを視野に入れた包括的な政策が求められているといえるとする。さらに「安全・安心」という極端な単純化が、本質的には 複雑な食品安全とともに、本来は別々であった「問題のかたち」の違いを排除し、あたかもフードシステム全体の共通概念であるようにみせかけたところにも問題があるという。これまで、リスク分析といった概念が浸透しない理由として、関係者間でのリスクコミュニケーション不足が指摘されていたが、単純化もまた 制度定着の大きな阻害要因となっているとされた。
 それらの解決策として、「問題のかたち」の違いを踏まえながら、改めてフードシステム全体での食品安全・安心問題としての課題共有を出発点とし、消費者も新たに政策アクターとして加わった、開かれた食品安全・安心問題の政策空間の構築が不可欠となるという政策提言が引き出される。これらは政策決定の透明性の確保、つまり政策の可視化とともに、最終的な安全の可視化・具体化につながるという。そして「政策のかたち」となる政策対応の方向については、従来からの科学的合理性に基づく「安全アプローチ」とともに、安全を受け入れる、あるいは受容させる政 策としての、社会的な合意を重視したいわゆる「安心アプローチ」が求められているとした。
 

II. 審査報告
 平成23年2月1日(火)の博士論文最終報告に引き続き、主査である飯尾潤教授、副査である大山達雄教授、増山幹高教授、中嶋康博教授(東京大学)による審査委員会が開かれた。この際、本論文について、次のような意見が出された。

 

  1. 一般的にも関心が高く、政策的対応が求められている分野に関する基礎的な研究であり、研究の意義は高い。

  2. 既にレフェリー付き学会誌に掲載された3本の論文に見られる具体的なデータ分析を基礎としており、独自の調査に基づいた実証分析に独自性がある。

  3. 安心感や安心あるいは信頼といった用語の関係がわかりにくいので、定義なども含め整理して示すべきである。

  4. 論文の本体となる分析に関して、調査方法や分析手法について記述が不足しているので、投稿論文を参照するのではなく、本論文のなかに調査の概要を書き込むべきである。

  5. 結論に至る思考展開や本論文における発見を強調するよう、書き方にメリハリを付けるべきである。

  6. 具体的な政策的対応について、もっと詳しく書き込むべきである。

  7. 注記や参照・参考文献への引用方法など形式が整っていないので、論文の体裁を改善すべきである。

 

 全体として、本学の博士にふさわしい内容であると全員の意見が一致し、上記で指摘された諸点について修正したうえで、博士(政策研究)= Doctor of Policy Studies の学位を授与すべきであるという判断が下された。論文修正後の措置に関して、各審査委員が最終版について承認し、修正した最終版が提出されたことを主査が 確認した。

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TEL : 03-6439-6000     FAX : 03-6439-6010

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