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研究開発プロジェクトにおける研究フェイズの変化とメカニズム

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 吉田 秀紀
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2008年6月25日
論文名: 研究開発プロジェクトにおける研究フェイズの変化とメカニズム
主査: 丸山瑛一客員教授
論文審査委員: 丹羽冨士雄教授
大山達雄教授
鈴木潤教授
角南篤准教授
丹羽清教授(東京大学)

I.論文要旨
 
本研究の背景と目的
日本国政府が2期(10年)にわたる科学技術基本計画の下に投下した40兆円余の科学技術予算の見返りとしてイノベーションへの期待や要請がますます高まってきた。本研究は、この背景の下に、イノベーションプロセスの本質的な理解を目指して行われた。
本研究が踏襲したKleinモデルにおいて、イノベーションプロセスは研究システムとイノベーションシステムから成り、ここで研究システムは1つのボックス として静態的に描かれているだけで、その内の動態は文字通りブラックボックスになっている。多額な科学技術予算を効率的に活用するためには、研究システムの本質を正しく理解し、最適な研究システムを構築していかなければならない。そこで、本研究では、研究システム内における研究フェイズ変化のメカニズム解明を目指すこととした。具体的には、研究システムを構成する要素の1つ基礎研究に着目し、基礎研究フェイズから応用研究フェイズへのフェイズ変化という要素現象を対象とした。
本研究では、基礎研究を担うJSTプロジェクトのケーススタディの結果を基に、次の3段構えで議論を進めた。
先ず、第1に基礎研究と応用研究における研究フェイズの相違は何であるかをケーススタディの結果を基に具体的に検討した。第2に、基礎研究フェイズから応用 研究フェイズへのフェイズ変化現象が起こる際のメカニズムを基礎研究に軸足を定めてケーススタディの結果から検討した。第3に、基礎研究と応用研究の相互作用を及ぼしあいそれぞれ進展していく従来から知られる現象について、具体的なプロセスを明らかにするために、更に詳細なケーススタディを行った。

各章における議論
第1章では、本論文の序論として次の2点を前提としたことを述べた。

  • 研究システムの要素として基礎研究と応用研究とがある。

  • 基礎研究と応用研究は相互作用する。

その上で、本研究の議論を進めるにあたっての背景や研究動向を予め整理しておくために、次の2点について事例や先行研究例を引用しながらまとめた。

  • 研究の分類

  • 基礎研究と応用研究の相互作用

第2章では、基礎研究と応用研究におけるそれぞれの研究フェイズの相違について述べた。国際的にも定着している”目的”の相違による両者の分類が研究フェイズとして具体的にどのような相違をもたらしているのかについて、ケーススタディの結果を基にi) 技術の次元性、ii) スケール、iii) 取得するデータの性質、の3通りの切り口から検討した。ここでは、基礎研究と応用研究を網羅的に分類することを意図するのではなく、ケーススタディから得られたファクトを基に、三つの切り口から研究フェイズの相違を明らかにすることを試みた。
第3章では、基礎研究フェイズから応用研究フェイズに研究フェイズが変化する際のメカニズムを明らかにするために、その要因を分析・分類しフィッシュボーンダイアグラムに示した。要因は、連携、ファンディング、応用研究フェイズへの見通し、組織に大別出来た。この検討の中で、基礎研究フェイズから一方向的に応用研究フェイズに変化するのではなく、研究フェイズ間で相互作用を及ぼしあいながらフェイズが変化するのではないかという研究フェイズ変化のメカニズムへの示唆を得た。
第4章では、研究フェイズ間で相互作用を及ぼしあいながらそれぞれのフェイズが進展するという共進プロセスを明らかにするために、応用研究と基礎研究のプロジェクトを同時に推進した北森プロジェクトを特に取り上げて検討した。応用研究における技術的課題に端を発した基礎研究のテーマに関連する論文・学会発表及びこれらの知見を基に 出願された特許を指標に共進プロセスを検証した。更に、基礎研究と応用研究の相互作用の指標として、サイエンスリンケージと企業との特許の共願と論文の共著の関係を調べた。実際の共進プロセスの動態を検討するために、分光法/検出システム、表面化学修飾/合成・分析システム、界面制御/抽出・分析システムの3パターンの共進プロセスを定性的に検討した後、出願特許と発表論文を指標に共進プロセスをトレースした。
第5章では、研究フェイズの変化が阻害されている事例をケーススタディの対象以外からも広く集め、基礎研究フェイズから応用研究フェイズへの変化を阻害している要因を第3章で考察したフェイ ズ変化の促進要因毎に検討した。これは、第3章の促進要因分析で”必要条件”として挙げた因子の言わば”裏”を検討したこととなり、これらの因子を克服出来ないことが阻害要因につながるということを確認出来た。また、研究システム外の阻害要因があることが確認され、第3章で大別した要因は”十分条件”ではないことも明らかになった。

本研究で得られた知見
JSTの16プロジェクトのケーススタディを基に分析と考察を行った結果、次の知見が得られた。
(1)基礎研究と応用研究には、技術の次元性、スケール、取得するデータの性質の3点について質的な相違すなわち研究フェイズの相違が認められた。
(2)基礎研究フェイズから応用研究フェイズへの進展をみたプロジェクトをつぶさに検証し、基礎研究フェイズから応用研究フェイズに変化するメカニズムの要因を分析した。その結果、連携、ファンディングシステム、応用研究フェイズへの見通し、組織に要因を大別できた。
(3) 基礎研究と応用研究を同時に推進した北森プロジェクトを対象に、応用研究に端を発し基礎研究で取り組まれ、更に応用研究に寄与した”表面・界面”関係の研究に関する論文・学会発表及び特許出願を指標に考察した。その結果、分光法/検出システム、表面化学修飾/合成・分析システム、界面制御/抽出・分析シス テムの3パターンの共進プロセスを観測した。
(4)このようにミクロレベルで詳細に観察することで、従来ブラックボックスとなっていた共進プロセスの機構を観察することが出来た。

今後の課題
本 研究によって基礎研究と応用研究の相互作用のメカニズムが明確になったので、同様な相互作用が研究システムとイノベーションシステムの間にも存在するかど うかの検証が今後の課題である。もしそのような相互作用の存在が実証されれば、イノベーション政策のありかたに関する新しい提言に結びつくことが期待され る。
 

II 審査結果報告
 
  本論文の最終報告に引き続き、平成20年5月16日(金)午後3時から審査委員会が開催された。審査委員は丸山瑛一客員教授(主査)、丹羽冨士雄客員教授 (副査)、大山達雄教授、鈴木潤教授、角南篤准教授、丹羽清教授(東京大学)の6名であったが、本論文について以下のような意見が出された。
   

  1. 研究システムとイノベーションシステムの関係は本論文の基礎になる重要な概念なので将来の展望を含めた丁寧な説明がほしい。

  2. ケーススタディは論文の主張を傍証する位置づけとする。論文の第2章に位置するのは読み手にとって不親切なので、appendixにまわす。

  3. “共進”を生態論の”共進化”のアナロジーで用いることには議論もありうるので、文字通り「共に進む」というという意味で用いるべきではないか。

  4. 序論において前提と仮説が混同されている。

  5. 現科学技術政策が「リニアモデル」に立脚している、という指摘はそれ自身が問題点というよりはさまざまの問題の共通の根底であることを説明するほうが望ましい。

  6. 要因分析で大要因のひとつに挙げた「技術的要因」という表現は不適切でむしろ「応用研究フェイズの見通しによる要因」であろう。

  7. 本研究のオリジナリティであるケーススタディの方法についての記述が不足している。

 
 上記のコメントに対して、著者は直ちに論文の修正を行い、修正稿について主査の最終確認を得て修正結果を各審査委員に送付した。審査委員会は主査のこの手続きを了承したうえで、本論文が本学博士論文として妥当であると結論し、博士論文最終版として提出させることにした。 

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