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Geography and Trade in Central Asia

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Elvira Stankulovna Kurmanalieva
学位名: 博士(公共政策分析)
授与年月日: 2008年10月22日
論文名: Geography and Trade in Central Asia
主査: 大来洋一教授
論文審査委員: 大山達雄教授
カリアッパ・カリラジャン教授
諸星穂積教授
ジェームズ・ローズ教授

Ⅰ.論文要旨

 

本論文において申請者は、中央アジアの貿易を分析対象としてとりあげ、中央アジアの貿易パターンは、天然資源に関する強い比較優位と、地域的統合の欠如と、貿易を促進する政策の欠如の結果であることを示した。そのねらいは次の三つである。
(1) 潜在的貿易についてのグラビティ・モデルに基づくこれまでの計量経済学的方法を改善し、「中央アジアの謎」ともいうべき域内貿易の減少傾向を解明する。
(2) 類別の貿易データにより中央アジア内の比較優位を分析する。
(3) 輸送に関する規模の経済を数値化することにより貿易の費用を計算する。
これらの分析に共通しているのは、規模の利益があることを想定しているということである。その意味でKrugmanらによって提案された「新しい貿易理論」に則った研究となっていることを特筆しておきたい。
中央アジアの域内貿易は1996年から2005年にかけて趨勢的に下落している。本論文の第2章では、グラビティ・モデルを用いて、中央アジアの貿易の総 額と域内取引の額の推定値を求め、この推定値を潜在的に可能な貿易量とみなし、これと現実の貿易量とを比較した。グラビティ・モデルの推計にあたってはスペシフィケーションとomitted variable biasとに十分に注意を払い、またmissing observationの存在が重大な問題であるという認識のもとに、この問題を処理する方法を検討した。最終的にはHausman-Taylor法と Stochastic Frontier推計法を用いた。
計測の主な結果は、中央アジアでは、域内貿易については、貿易量が潜在的に可能な量を下回る傾向が近年強まっているのに対し、域外との貿易については潜在的可能量をむしろ上回る傾向がみられる、というものであった。
なぜこのような傾向がでるのか。この地域は天然資源が豊富なので、これを域外に輸出し、域内では工業品を輸出入し、場合によってはいわゆる「産業内貿易」も行う、という可能性が考えられる。これは、域内では各国間で産業構造の補完性が高ければ高いほど、また域外貿易についてはその貿易総額に占める割合が低いほど、また域外との代替性が高いほど、域内の貿易は経済厚生への効果が大きい、ということを意味する。「新しい貿易理論」どおりの貿易、すなわち規模の 経済がある状態での貿易の場合は、関税同盟や自由貿易協定などは域内の経済を活性化させる。しかも、製造業の割合が高いほど、そのような利益、すなわち「産業内貿易」の利益も大きくなる。以上のような視点から、第3章ではまず産業内貿易をチェックするためにGrubel-Lloyd指数を計算した。ついで、独占的競争のもとで似たような生産要素の賦存状況にある場合には産業間貿易が行われやすいという仮説を検証するHelpmanテストを行った。以上の分析から、中央アジアの貿易は域外も域内も、天然資源の賦存によって支配されていることがわかった。キルギスタンのみについては、独立後の非常に早い時期 から自由貿易政策をとっていたこともあって、比較優位のパターンが多少現れつつある。しかし、他の中央アジア諸国については対域内でも対域外でも天然資源 の輸出が中心である。このように中央アジア諸国間で、補完性が非常に低いのは、これらの国々の輸出入の構造が相互にマッチしていないことを示している。 Grubel-Lloyd指数は産業内貿易が非常に低い割合にあることを示し、Helpmanテストも産業内貿易がほとんどゼロであることを示した。
最後のテーマは域内の輸送コストについてである。中央アジアの諸国は貿易の際に隣国に依存しなければならず、そのような地理的な条件と不十分なインフラス トラクチャーのために国際貿易のための輸送には困難が付きまとう。このような条件のもとでは、域内でお互いに貿易をするのがもっとも容易である。第4章で はこのような意識のもとで中央アジアの域内の輸送コストの分析を行った。手法としてはオペレーションズ・リサーチの分野の「最短距離数え上げ法」を国際貿易の密度の問題に応用している。この手法の経済学の分野への応用は初めてである。密度が高ければ、輸送に規模の利益が働く。しかし、分析の結果は中央アジ アでは規模の利益を享受できていない、すなわち貿易量が低すぎる、というものであった。域内の貿易が少ないことが輸送コストを高くし、それがまた域内の貿 易の足をひっぱるという悪循環がみられる。そして貿易構造を変えることによって域内の工業品の貿易を増やすという望みも実現は難しい。これらの諸国は天然資源が豊富であるために、古典的な比較優位の原理からすれば、貿易を自由化しても貿易は天然資源中心にならざるをえないからである。
 本研究の成果はすでに共著の本の一部として公表される予定であったり(下記の1)、すでに論文として公表されている(下記の2)。本研究の一部ではないが、そのほかにも学位申請者の研究ですでに公表されたものは数点ある。

申請者の公表論文リスト
1) Kurmanalieva. E and Z. Parpiev (2009) “Prospects for Central Asia’s Regional Trade: Product-Level Assessment” in: Taniguchi, K (ed) International Trade Policy in Uzbekistan and Asia, Palgrave Macmillan (forthcoming).
2) Kurmanalieva, E (2008) “Empirical Analysis of Kyrgyz Trade Patterns”, Eurasian Journal of Business and Economics 1(1), 83-97.
3) Kurmanalieva, E and L. Liu (2008) “Impact of Financial Services Trade Liberalisation on Capital Flows: The Case of China’s Banking Sector”, in Barry Eichengreen, Charles Wyplosz, Yung ChuI Park (ed) China, Asia, and the New World Economy, Oxford University Press.
4) Kurmanalieva, E and Z. Parpiev (2007) “Geography and Trade in Central Asia”, EERC Working Paper, research grant RO6-085.
5) 大来洋一、エルビラ・クルマナリエバ (2006) 「社会保障と老後のリスクと貯蓄」『季刊 家計経済研究』、(財)家計経済研究所、No.72(2006年Autumn号)、98-105頁。
6) Kurmanalieva, E and H. Montgomery and J. Weiss (2005) “Poverty Reduction and Microfinance: A Review of the Evidence” in John Weiss (ed), “Poverty Targeting in Asia”. Edward Elgar Publishing.

 

II. 審査結果報告

本論文の最終報告に引き続き、平成20年9月24日(月)16時50分より審査委員会が開催された。審査委員は大来洋一教授(主査)、Jim Rhodes教授(副査)、諸星穂積教授(副査)、大山達雄教授、Kaliappa Kalirajan教授の5名であった。
全体として、 申請者のオリジナルなアイディアが随所に認められ、理論、手法とも高度であると評価できるという意見が多かった。
コメントとしては、

 

  1. 序章の中で結論的な部分がある一方、結論として独立した章がない。

  2. Grubel-Lloyd指数やHelpmanテストを用いたことは悪くないが、これらの手法に限界があることを指摘した文献もあるので、きちんと触れておく必要がある。

  3. 引用された文献のいくつかがすでにジャーナルに公表されているのに、ワーキング・ペーパーの段階のものがreferenceに載せられている。

  4. Grubel-Lloyd指数やHelpmanテストに代わる、オリジナルな指数やテストを編みだせるとなおよかったのではないか。

  5. 最近では3つぐらいのほとんど関連のないエッセイを並べる形式の博士論文がはやりであるのに対し、かつては複数の章が一つのテーマのもとでお互いに関連した形のものが普通であった。申請者の論文はその中間にあるようにみえるが、中途半端でないほうがよい。

  6. そのほか、用語やnotationなどについて細かいコメントがあった。

 

上記のコメントに対して、純粋に感想であるものを除き、著者は直ちに対応した。すなわち必要な修正を行い、修正稿を提出し、主査の最終確認を経た上で各審査委員の了解を得ている。

この最終版をもって審査委員全員は本論文が本学博士論文として妥当であることを認めた。

〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1

TEL : 03-6439-6000     FAX : 03-6439-6010

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