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テキスタイル産業におけるデザイン導入とイノベーションに関する実証分析

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 高柳 大輔
学位名: 博士(公共政策分析)
授与年月日: 2011年7月27日
論文名: テキスタイル産業におけるデザイン導入とイノベーションに関する実証分析
主査: 鈴木潤
論文審査委員: 角南篤
大山達雄
永野博
吉久保誠一(芝浦工業大学)

I. 論文要旨
 
 本論文は、近年、非技術的イノベーションのカギを握る要素として注目を集めつつあるデザインが、企業の業績や産業組織に与える影響を実証しようとするものである。デザインは、意匠やコンセプトの良さなどに基づき商品やサービスの競争力を高め、企業業績に貢献すると考えられている。しかし、多くの企業や我が国の政策当局においては、デザイン導入およびその支援に対するリソース配分上のプライオリティは未だ高いとは言い難い。こうした背景には、デザイン導入の重要性が企業経営者や政策立案者に概念的には理解されつつ、一方その有効性に関する実証的なエビデンスの蓄積が未熟であるため、具体的な戦略や政策につながり難いという状況が存在しているものと考えられる。本論文は、当分野における実証研究の先駆けと位置づけられるものである。
 著者は、テキスタイル産業を分析対象としてとりあげ、以下の4つの視点-①デザイン導入と企業パフォーマンスの関係、②デザイン導入の決定要因、③デザイン導入に当たって企業が取りうる行動原理(技術導入及び企業間関係の形成)、④産業内でのデザイン導入の浸透とネットワーク構造(企業間の位置及び影響力関係)の変化を分析している。用いたデータは、主として独自に実施したサーベイから得ており、オリジナリティの高いものである。そして、主に企業を分析の単位として統計的分析を行うとともに、関連する個別具体的事例についても詳細なケーススタディを行った。具体的な方法及び分析結果は、次のとおりである。
 第一に、デザイン導入と企業パフォーマンスとの関係について、デザイン導入を説明変数として、売上拡大、生産性向上及び競争力向上を目的変数とする重回帰分析を行った。この結果、デザイン導入は、売上拡大には有意ではなかったが、生産性向上及び競争力向上に対して正で有意となった。これらは、デザイン導入が売上単価の向上や顧客の訴求機会の獲得及び拡大を通じて企業パフォーマンス向上につながることを示唆するものである。 第二に、企業がデザインを導入する際の決定要因について、デザイン導入の有無を目的変数として、デザイン関連知識への接触機会、デザイン導入による利益の専有可能性及びデザイン関連知識の吸収能力を説明変数とするプロビット分析を行った。この結果、デザイン関連知識への接触機会及び吸収能力の存在が正で有意であった。接触機会については、デザイン関連知識を有するアクターとの接触度・多様性のみならず、デザイン関連知識を導入している身近な同業者の存在も 正で有意であった。これらは、デザイン導入の意思決定に際して、デザインに関わる専門家やデザイン導入に取り組む同業者からなる”創造的環境”に身を置いていることの重要性を示唆するものである。 
 第三に、企業がデザイン導入に当たって取る行動について、①デザイン導入と技術導入の間の相関分析、②企業間ネットワーク形成の有無を目的変数として、デザイン導入を説明変数とするプロビット分析を行った。この結果、デザインは技術導入及び企業間ネットワーク形成と正の関係を有することが統計的に示された。とりわけ、技術導入においては、デザイン導入が知的財産による保護が可能な新規性の高い技術の開発との関係性を有すること、また、企業間ネットワーク形成においては、その際のパートナーの属性がより広範囲に渡ることが明らかになった。 第四に、産業内でのデザイン導入の浸透とネットワーク構造(企業間の取引及び影響力の変化)との関係について、社会ネットワーク分析の手法を用い、ネットワークの密度、中心化傾向(ネットワークが集中的か分散的か)の変化等を分析した。この結果、デザイン導入企業の拡大が、より高い密度と分散性を有する産業内ネットワーク構造への変化と関係を有することが確認された。 
 以上の分析を基にして、産業活性化を目的としたデザイン導入に係る政策措置が有効であること、そしてデザイン導入に係るインセンティブ付与として情報交流を促進する”創造的環境”の提供、デザイン導入の実効性を高めるための技術開発との連動性やネットワーク形成を円滑化させるための措置、そしてデザイン導入を試みる個々の事業者への多面的なリソース配分の重要性、等の政策的インプリケーションを示した。他方、これら政策的示唆を現行のデザイン施策と対比させた結果、個々の示唆に相当する施策メニューは存在するものの、施策の目標設定において、デザインの導入という動機づけが不十分であることを指摘し、明確なデザイン戦略の下で、デザインを主体として位置付けた施策への転換を提言し た。 
 なお、本論文の前半の内容は、匿名のレフェリーによる審査を経て既に「開発工学」Vol.30, No.2に掲載されており、また後半の内容は「研究・技術計画学会誌」に投稿中であり、匿名レフェリーの査読結果を受けて修正したものが再査読のフェーズに入っている。 
 
II. 審査結果報告
 平成23年5月31日、本論文の最終報告会に引き続き、博士論文審査会が開催された。審査委員は、鈴木潤教授(主査)、角南篤准教授(副査)、大山達雄教授、永野博教授、吉久保誠一教授(芝浦工業大学)の5名である。
 
  審査委員会では、本研究の分析で得られた結論は、いずれも既に先行する研究者が指摘あるいは推察している事項であり、その意味では意外性に富むものではな い。ただし、オリジナルのデータを収集して適切な統計処理と分析を行い、科学的なアプローチで仮説を証明し、示唆を得たという点では当該分野における世界でも初めての報告であり、学術的な貢献は高いという結論に達した。以上に基づき、本論文は本学の博士号を授与するにふさわしい優れたものであることについて基本的な合意が得られた。ただし、論文の完成度をさらに高めるために、以下のような指摘がなされた。

 

  • 論文内容は、デザイン全般というよりも、繊維産業の特性を踏まえたものであり、セクトラル・イノベーションの色合いが強い。論文の題名は、もう少しテキスタイル産業の分析であることと分析の内容がわかるよう修正し、明確化すべきである。

  • デザイン導入の具体的な態様との関係性について、もう少し詳細の分析があっていいのではないか。そうすればデザイン導入の知見がより詳細にわかるようになる。

  • 仮説1で検証されたデザイン導入と企業パフォーマンスとの関係が、仮説2以降との議論にどう関連するか補足説明をすべきである。

  • 仮説3の技術導入における新規性の高い技術については、具体的にどのような技術なのか、もう少し詳しい補足説明をすべきである。

  • 仮説5のネットワーク構造の分析については、ネットワーク密度等の指標を用いて分析しているが、単に数値を出すのではなく、それが如何なることを示唆しているのか、明確化すべきである。

  • 仮説5のデザイン導入がネットワークを分散化させ、卸の影響力が相対化されるというのは本データのみでは断定しすぎであるので、結果に基づいてより厳密に議論すべきである。

  • 英国の事例分析は、それまでのテキスタイル産業との連関性が薄く、唐突感がある。わざわざ節として立てる必要はなく、補足という扱いで修正すべきである。また、英国の政府組織の名称が変わっているので、修正すべきである。

 

 以上の指摘に対する修正は1か月程度をめどとして行うこと。また修正結果の妥当性の判断は、主査に一任することを決定した。

 

 これらの指摘に対して、著者は旧表題である「デザイン導入によるイノベーションの定量的分析」を改め、「テキスタイル産業におけるデザイン導入とイ ノベーションに関する実証分析」とするなど、各指摘に対する修正を行い、完成度を高めた改訂版を提出した。主査は、内容を精査した上で加えられた修正が妥 当なものであることを認め、筆者は博士論文最終版を提出した。

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