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Transformation of the Rural Economy in the Philippines, 1988-2006(フィリピンにおける農村経済の構造変化、1988-2006年)

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Charity Gay E. Ramos
学位名: 博士(開発経済学)
授与年月日: 2010年9月1日
論文名: Transformation of the Rural Economy in the Philippines, 1988-2006(フィリピンにおける農村経済の構造変化、1988-2006年)
主査: 大塚啓二郎連携教授
論文審査委員: 園部哲史連携教授
黒澤昌子教授
Jonna P. Estudillo連携教授
澤田康幸准教授(東京大学)

I. 論文内容要旨
 途上国の貧困を削減することは、まさに世界的な最重要課題である。特に貧困問題が深刻なのは農村であり、都市部の貧困層も農村とのつながりを持っている場合が多い。したがって、農村の貧困の原因とそこからの脱却のメカニズムを解明できれば、有効な貧困削減戦略の策定に近づくことになる。
 最近の研究によれば、アジア諸国の農村では急激に貧困者が減少しており、その直接的な原因は非農業所得の増大にあることが分かってきた。であるとすれば、どのような地域でどのような産業部門がどのような原因によって発展しているかを究明することは、貧困削減のメカニズムを理解するうえで重要になる。本論文は、フィリピンを事例として農村経済の構造変化、特に農業の相対的縮小、サービス部門の発展、製造業部門の停滞の原因を究明し、その結果としての貧困削減、さらには所得分配の変化を究明しようとするものである。そうした構造変化の決定因として、電化や道路の舗装化率等のインフラの整備状況、就学年数等で示される人的資本の構成、農業技術、農地・人口比率、大都市への距離が分析されている。

 本研究の大きな特徴は、(1)フィリピン全体の州(Province)のデータを使った分析、(2)発展が顕著なルソン島中部とヴィサヤス地方に限った町(Town)レベルのデータを使った分析、(3)家計ないし個人のデータを使った分析を行い、その結果を比較していることである。なお、分析では政府機関が収集し所有しているいわゆる二次データを使用しているが、個票や町レベルのデータを研究者にリリースすることはまれであることは指摘しておきたい。それができているために、本研究ではきわめて興味深く類まれな分析結果が得られているのである。
 本研究は、以下の4つの仮説の妥当性をめぐって展開されている。
  仮説1:農村の非農業部門の発展は都市に近いほど活発であり、道路インフラの発達とともにより遠方でも活発化するようになる。

 仮説2:農村における教育水準の向上は、非農業部門の発展の重要な決定因である。

 仮説3:農業技術の進歩は、農民の所得を高めて消費連関を通じて、あるいは肥料や農業機械に対する需要を高めるという生産連関を通じて、農村の非農業部門の発展を刺激する。
 仮説4:非農業部門の発展は、比較的教育の低い労働に対する雇用機会を高め、貧困の削減や地理的な所得格差の減少に寄与する。
  博士論文ではまず叙述的な分析が展開され、続いて(1)様々なセクターからの一人あたり所得の決定因に関する分析、(2)非貿易財(主にサービス)と貿易財(主に通常の財)に分けての家計支出分析、(3)Oaxaca 分解分析による所得の変化の原因に関する分析、(4)様々なセクターへの就業構造に関する労働配分分析、(5)個人レベルでの就業選択分析、 (6)Barro and Sala-i-Martin流の所得格差の縮小に関する Convergence 分析が展開されている。主要な説明変数はすでに述べた通りである。またインフラについては内生変数の可能性があるために、2段階推定法も採用されている。  
 所得分析からは、インフラの整備が非農業部門の発展にとって重要であるという結果が得られており、これは仮説1を支持している。教育に関しては、高等教育を受けた労働者は恒常的サラリーを受け取る傾向があるが、オーバータイムには教育程度がやや低い労働者でも非農業に就業するようになってきていることがわかった。これは仮説2と整合的である。仮説3の農業主導による非農業部門の発展は、農業の技術進歩に深くかかわっている灌漑比率が有意でない ために、実証的に支持されないという結果が得られた。

 家計支出分析からは、電化、道路インフラ、教育水準が支出を高めているという結果が得られており、仮説1と2は支持されるが、灌漑の有無は支出と関係が なく再び仮説3は支持されないという結果になった。質的に類似の結果は、Oaxaca 分解分析によっても確認された。労働配分分析や職業選択分析の結果でも仮説1と2が支持され、仮説3が棄却された。さらにこれらの分析結果の頑強性は、2段階推定、固定効果モデルやランダム効果モデルによる推定によっても確認された。
 Convergence 分析の結果によれば、一人あたりの家計所得の地域格差は縮小傾向にあり、農業所得と非農業所得に分けて分析すれば非農業所得の格差縮小がより顕著であることが分かった。これは仮説4を支持するものである。この背景として、商業、運輸、通信業が地方を含めて全国的に発展し、そこで比較的教育水準の低い労働を 吸収しているという傾向のあることが指摘できる。

 政策的インプリケーションとしては、農村における非農業部門の発展さらには貧困削減には、電化や道路の舗装化のようなインフラ整備、農村の教育の充実がきわめて重要であり、政府はそうした分野での投資を活発化すべきであると言うことが出来よう。また農業技術の進歩は、非農業部門の発展をもたらすものでは ないことが認識されなければならない。
 本研究の成果の一部はすでにPhilippine Review of Economics に投稿されており、また一部は日本語に訳して「産業発展の立地分析:フィリピンの事例、1988-2006年」として園部哲史・藤田昌久(編)『立地と経済発展』(東洋経済新報社、近刊)に掲載される予定である。また、所得の決定因に関する分析はJournal of Development Studiesに、所得格差の縮小に関する分析はAsian Journal of Economics に投稿する予定である。膨大な研究であるので、そのほかにも学術雑誌向けに論文を準備することは可能であるように思われる。
 
II. 審査結果報告
 本論文の最終報告に引き続き、平成22年6月14日(月)11時半より審査委員会が開催された。審査委員は大塚啓二郎教授(主査)、園部哲史教授(副査)、 黒澤昌子教授(副査)、Jonna P. Estudillo 教授(副査)、澤田康幸准教授(東京大学)の5名であった。審査委員全員から、論文としての構成の適切さ、質の高さ、学術的貢献、政策的含意、完成度の高さ、いずれについても高い評価が与えられた。
修正を要するコメントとして以下の点が指摘された。

 

  1. 表4-2の国道と地方道の効果の相違、表4.2、5.1、5.2の農地・労働者比率の効果等、理解しにくい推定結果についての説明を加える必要がある。

  2. 表4.5で用いた変数については、全てについて説明があるべきである。

  3. 2段階推定等、推定結果の頑健性については、表を使ってより詳しく説明すべきである。

  4. 「一人あたりの所得」は単純に一人当たりなのか、子供や老人の数は成人換算したものを用いたのか、説明する必要がある。

  5. 家計データを使った分析結果も、推定の頑健性を検証するうえで重要であり、表を使ってより詳しく説明すべきである。

  6. Convergence 分析で、初期の所得に加えてそれと電化率等のインフラとの相乗効果のタームを加えた式も推定すべきである。

  7. 教育のある労働者がどのような職業を選んでいるかをより詳しく説明すべきだし、特に仕送りとの関係をより明確にすべきである。

  8. 本研究のユニークな貢献はもっと強調すべきである。

 

 審査委員の協議の結果、上記のコメントはむずかしいものではないので、修正がなされたか否かの判断は主査に任せることが決定された。著者は直ちに論文の修正を行い、主査の最終確認を経た上で博士論文最終版として提出した。したがって、審査委員全員が本論文を本学博士論文として妥当であると結論づけたことになる。 

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