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ブルガリアにおける軍の民主的統制への国際的影響

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: Bontcheva-Loyaga Nadejda
学位名: 博士(政策研究)
授与年月日: 2007年7月25日
論文名: ブルガリアにおける軍の民主的統制への国際的影響
主査: 岩間陽子
論文審査委員: 大山達雄
竹中治堅
河野毅
渡邊昭夫((財)平和・安全保障研究所副会長)

I.論文内容要旨
 
 冷戦終結以降、中東欧の諸国は、共産主義体制から、民主主義・市場経済体制への急激な転換を行った。この転換にあたって、EU及びNATOを中心とした西側諸国が、非常に強く関与した。このような例は、歴史上きわめて稀である。中・東欧諸国の民主化の課程でこれら外部アクターの関与の重要性は、広く認識されている。これに対して、軍の民主的統制の分野では、外部要素の重要性はこれまであまり認識されてこなかった。これは、従来の政軍関係の理論が、国内社会における諸要素の分析を研究の中心的対象としてきたことが原因であろ う。確かに英米等の先行民主主義諸国や、ラテン・アメリカなどの軍による政治支配の歴史がある諸国等の分析には、国内諸アクターの分析が中心となるであろう。しかし、1990年代以降の中・東欧諸国の民主化過程における政軍関係の変化には、明らかに外部アクター(国際機関と米英等の単独国家)が大きな影響 を与えているにもかかわらず、これまでこれらの分析が十分になされてきたとは言い難い。
 本研究では、まず既存の政軍関係に関する研究を概観した後、自らの分析視角として、合理的選択論と構成主義の両者を用いることを明らかにしている。すなわち、軍の民主的統制の制度が整えられていく課程で、当該国家は具体的な利益によっても影響されるが、同時に社会化メカニズムによっても影響されるということである。結論としては、実利的インセンティブと社会化メカニズムの両者がそろった時に、外部からの影響力行使は最も効果的になるというのが本研究の主張である。この結論に至るまでに、本研究は、共産主義体制 の崩壊後の期間を4つの時期に区分して、それぞれの期間におけるブルガリアにおける民主的軍統制制度の変化、外部アクターの取った行動とその効果を分析している。各アクターは、民主的軍統制について、それぞれ独自の理解、強調点を持っており、これが社会化と実利的インセンティブを通じて、ブルガリアの政軍関係を影響していったのであるが、最も成功したのは米国、並びに米国の立場に強く影響されたNATOであった。
 米国はハンティントンの政軍関係の理論に強く影響されており、軍の「専門化」が軍を過度に政治化することを防止して、民主主義を安定させるという理解を持っていた。これに対してドイツや OSCE(欧州安全保障協力機構)は、「制服を着た市民」の概念や、議会による軍の統制を重視した。イギリスは、民主的軍統制の遵守を重視する政治文化、 政治制度、政治規範を持っている国であり、その政軍関係への考え方が最も顕著に現れているのは、イギリスの文民と軍人が統合されている国防省の制度である。ブルガリアへの援助においても、イギリスは統合されたシビリアン・コントロールの確率を目指した。
 第1期は1990年から1997年までで ある。この期間における改革は、文民の防衛大臣など、ごく基本的な変化にとどまった。第2期は1997年から1999年までである。1997年にブルガリアがNATO加盟申請したことにより、ブルガリア=NATO関係は新段階に入ることになった。特にこの時期は、NATO、及び米国との社会化活動が非常に 活発になった。しかし、NATO及び米国の関心は、中・東欧諸国からの加盟第一陣と見られていたポーランド、チェコ、ハンガリーに向けられていたため、社 会化に実利的インセンティブがあまり伴わなかった。また英国ともかなり重要な社会化が行われたが、これもまた実利的インセンティブを欠いていたため、大きな変化にはつながらなかった。第3期は1999年から2001年までである。1999年にNATOの冷戦後の第一次東方拡大が実現し、ポーランド、チェ コ、ハンガリーがNATOの正式加盟国となった。この結果、アメリカとNATOの注目が、次の加盟候補諸国に移り、この結果ブルガリアも社会化だけでなく、多くの実利的インセンティブが与えられることとなった。NATOへの加盟審査は、ブルガリアの政軍関係に大きな影響を与える好機であった。しかし、 90年代後半のNATOの関心は、主としてバルカン半島であり、そこにおける平和維持活動に新興民主主義諸国を参加させることであった。そのため、NATO軍との相互運用性や軍改革に大きな重点が置かれた。また、「軍の専門性」を重んじるアメリカの民主的軍統制の理解からも、ブルガリアの政軍関係の 変化は限界を伴った。第4期は2001年から2004年までである。2001年に旧ブルガリア王家のシメオン2世を中心とした政権が成立し、そこから 2004年にブルガリアのNATO加盟が実現するまでは、新政権の民主的軍統制の問題への関心が薄れ、NATOとの社会化のレベルが低下したため、第3期 ほどの前進は見られなかった。
 これらの期間を通じて検討した結果、ブルガリアに対して最も大きな影響力を行使できたのは、米国とNATOであったということが判明した。この二者が、社会化と実利的インセンティブの双方の組み合わせを最も効果的に使用して、ブルガリアの政軍関係に影響力を及ぼすこ とができた。特にNATO加盟交渉期は、決定的な時期であった。この二者から影響を受けた結果、ブルガリアの政軍関係は、専門性を重んずるアメリカの政軍関係の特徴を受け継ぐものとなった。英国、ドイツ、OSCEなどは、独自の考えを持っていたが、十分な実利的インセンティブと組み合わせることができず、 持続的な変化をもたらすことができなかった。
 ブルガリアの軍隊の民主的統制の制度に対して、外部アクターがいかにして最も効果的に影響を及ぼし得るかという本研究は、単に軍の民主的統制にとどまらず、途上国における制度設計に外部アクターが関わる場合に、応用しうる重要な分析結果を提示している。
 

II 審査要旨
 
 本論文の最終報告に引き続き、平成19年4月27日(金)に審査委員会が開催された。審査委員は岩間陽子准教授(主査)、大山達雄教授(副査)、竹中治堅准教授(副査)、河野毅助教授(副査)、渡辺昭夫教授(財団法人平和・安全 保障研究所副会長)の5名であったが、 本論文について以下のような意見が出された。 
 

  1. 結論部分の整理がやや不十分であり、分かりにくい。理論部分でたてた仮説は証明されたと言いうるのか。本研究で用いている社会化と実利的インセンティブの2概念によりマトリックスを作成して各期間を分析すると、よりわかりやすくなるのではないか。

  2. 論文全体の構成として、理論部分と歴史的展開の部分があるので、それぞれを第1部、第2部として分けた方がよいのではないか。

  3. 社会化は軍人に対するものと文民に対するものがあったが、どちらがどのように有効であったのかをより明確にした方がよい。

  4. 結局のところ、最も重要であったのはNATO加盟の可能性であったのではないか。

  5. 著者の分析は概ね優れているが、英文表記にやや問題があるので、プロによる英語のエディティングを受ける必要がある。

 
 上記のコメントに対して、著者は直ちに論文の修正を行い、修正稿を提出し、主査の最終確認を経た上で各審査委員との了解を得た上で博士 論文最終版として提出させることにした。審査委員会は、このような手続きを経ることを合意し、本論文が本学博士論文として妥当であると結論付けた。 

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