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収蔵品の高度利活用に向けた博物館運営と博物館政策 -モバイルミュージアムを事例とした次世代博物館におけるオルタナティヴ・モデルの提案-

博士論文、要旨、審査要結果

学位取得者氏名: 寺田 鮎美
学位名: 博士(文化政策研究)
授与年月日: 2011年3月23日
論文名: 収蔵品の高度利活用に向けた博物館運営と博物館政策 -モバイルミュージアムを事例とした次世代博物館におけるオルタナティヴ・モデルの提案-
主査: 垣内恵美子教授
論文審査委員: 垣内恵美子教授(主査)
今野雅裕教授(副指導)
根木昭教授(副指導・昭和音楽大学)
大山達雄教授
西野嘉章教授(東京大学)

I. 論文内容要旨
 貴重な収蔵品の収集保存のみならず、展示、公開による文化的創造と享受を行う公共的組織として存在する博物館は、知的な社会基盤でもあると考えられる。しかしながら、現在全国に約5,700館を数える博物館は、近年、来館者数は減少し、収蔵品は増えているものの、公開されているのは、最大でも、そのうち約2割程度にすぎない。
 こういった中で、本研究は、博物館の収蔵品に注目し、その流動化により高度利活用を目指し、本来博物館に期待されている公共的役割が果たせるようになるための方向性と方法論を探ろうとするものである。具体的には、実際の事例に基づく検討・検証により、次世代博物館におけるオルタナティヴ・モデルとしてのモ バイルミュージアム方式について、実用的な条件整備及び展開案を提示した。
 第1章では、博物館の公共的役割をより一層推進させるために、収蔵品の高度利活用を目指す本研究の目的、枠組み、概念の整理を示した。
 第2章では、博物館の現状および課題の整理を行った。博物館成立の歴史的背景を踏まえ、法制度上の位置づけや現状を確認し、博物館の諸課題を導き出した。既に述べたとおり、日本の博物館数は増えているが、来館者は減少傾向にあり、非展示収蔵品の割合が増加しているなど、その機能・活動は膠着状態にある。これに対し、本研究では、本来の博物館の機能を十分に活かす上で、保存と活用のバランスを図り、収蔵品の高度利活用を展開することが重要であると考え、博物館の施設外に収蔵品を持ち出し活用するという「流動化」に着目した収蔵品の保存・活用方法のあり方を取り上げる必要性を示した。
 第3章では、収蔵品の「流動化」に着目した収蔵品の保存・活用方法の検討を行うために、博物館の類型化とオルタナティヴ・モデルの検討を行った。博物館は、従来、その貴重な収蔵品を適切な環境において保存し、展示・公開を行うことを基本とする。これにより、安全性、経済性が高まり、また、観客の利便性もあると考えられるためである。本研究では、この従来型博物館を「集中固定型」と整理した。しかしながら、社会のニーズの変化から、この集中固定型博物館であっても収蔵品の貸出など流動化の動きは始まっている。一方、その枠から離れて収蔵品を流動化させた「分散可動型」博物館が近年考えられてきた。中でも最も先進的かつ組織的に行われている東京大学総合研究博物館のモバイルミュージアムに着目し、これを次世代博物館のひとつの形として導入可能性及び展開可能性を検討することとした。
 第4章では、東京大学モバイルミュージアムを具体的に検討する前に、先進的な取り組みが可能と考えられる大学博物館の状況を検証した。大学博物館は、学内の学術標本の保存と活用の場、また教育の場であるとともに、研究成果の公開の場でもあり、実験的な活動が可能である。そこで、本研究では、「ユニバーシティ・ミュージアム構想」に基づいて設置された大学博物館全8館に対し、悉皆調査を実施した。この結果、各館に事情の相違はあるものの、開かれた大学の一部として社会教育の役割を担うことが学内外から期待されており、実際、学校や保健所、空港など外部のさまざまな公共スペースにおける展示にも強い要請があることがわかった。また、いずれも活動基盤となる保存・展示スペースが確保できていないこともあり、分散可動型のモデルに対する関心は高く、大学博物館側でのニーズもあると考えられる。
 第5章では、東京大学総合研究博物館が実施しているモバイルミュージアムの事例分析を行った。調査対象として、同博物館による3つのプロジェクトを取り上げ、観覧者の利用実態把握と価値意識の変化、アクセス機会の拡大と満足度、観覧者ニーズに関する分析に取り組んだ。観覧者の利用実態分析からは、従来博物館に来なかったような観覧者がかなり見られ、潜在的ニーズの掘り起こしに一定の効果が見られる。また、テキスト分析による意識調査結果では、モバイルミュージアムに対する肯定的な意見や満足度(異化効果)が確認できた。さらに、仮想的意識調査からは、潜在的なニーズが読み取れたことから、モバイルミュージアムにより、潜在的な観覧者に対して新しい鑑賞スタイルを提供しうることが明らかになったといえる。
 第6章では、モバイルミュージアム方式の具体的な導入方法の検討を行った。前章までの考察に加え、東京大学総合研究博物館関係者への詳細なヒアリング調査により、当該方式の実現・普及に向けた汎用性の高い実施モデル、タイムスケジュール、条件設定を行った。これにより、モバイルミュージアム方式に指摘され る様々な構造的問題点(展示物選定、展示方法や場所の制約等)に対し、解決可能な運用方法を考察、提示した。
第7章では、以上の本研究の結論に基づき、「モバイルミュージアム方式」導入に向けて、今後の課題を、1)モバイルミュージアム方式の成果に関する情報発信および情報共有、2)成功事例の蓄積、3)手法のさらなる確立としてまとめた。
 以上、本研究は、博物館の効果的な活用方法として、従来の枠組みから離れ、施設という物理的制約を超えた収蔵品の高度利活用としての流動化に着目し、モバイルミュージアム方式を取り上げ、その具体的な条件整備にまで踏み込み、展開案の提示を行った。モバイルミュージアム方式という新たな試みを詳細に分析、整理した研究は類を見ない。また、博物館運営の一つの方向性を、その有用性も含め示したことは本論文の成果といえる。

 

II. 審査結果報告
 本論文の最終報告に引き続き、平成23年2月17日(木)午前11時30分から審査委員会が開催された。審査委員は垣内恵美子教授(主査)、今野雅裕教授(副指導)、根木昭教授(副指導・昭和音楽大学)、大山達雄教授、西野嘉章教授 (東京大学)の5名であり、本論文について以下のような意見が出された。

 

  1. 博物館政策の喫緊の課題である博物館収蔵品の利活用に焦点を当て、従来型の博物館ではないオルタナティヴとしてのモバイルミュージアムの政策的可能性を探ったものである。具体的には、モバイルミュージアムというコンセプトを明確化した上で、現地調査、定量分析調査の結果も踏まえ、一つのビジネスモ デルを提示している。手法や方法論もオーソドックスで、得られた知見も有用であり、調査設計に若干の問題が残るものの、今後この分野での研究に貢献するものと考えられる。

  2. 現在の博物館の陥っている手詰まり状況を根本的に打開することを問題意識に、先進的な事例である東大総合研究博物館の実践を分析することにより、新たな「モバイルミュージアム」方式を提案するものである。「モバイルミュージアム」の意義・役割を実験的に明らかにしつつ、導入にあたっての必要な要件 など考察して具体的な企画案までの提示を行っていることも評価される。

  3. やや章間のアンバランスな点があるものの、全体として、よく整理・体系化されている。今少し、全体の流れをスムーズに記述して欲しかったきらいはあるものの、モバイルミュージアムに関し、分析・整理・提言した最初の論文として評価できる。

  4. 集中固定型と分散可動型について、安全性、経済性、リスク、コスト等における相互関連性のより明確な整理が求められる。また、二者のトレードオフ の関係についても、現状分析、問題点の整理を含めて、さらに詳細な記述が望まれる。入館者減少の実態、類似施設が増えていることの内容、どこに需要があるのか、等のモバイルミュージアムの出現の必要性にも言及してほしい。モバイルミュージアムについての整理としては、現状は三つのケース事例のみだが、形態、運営、展示、ミッション、目的、観客層、効果等までどのように分類、整理、評価が出来るかを明確にしてほしい。異化効果の発現については詳細がほし かった。

  5. オリジナルな部分は乏しいが、全体として、文化政策の提言として満足のいくものとなっている。また、体裁・論述ともに評価に値する。ただし、結論として手法の一般化を目指しているが、そのためにはミュージアムの制度を取り巻く法制度改革が必要であること、或いはモバイルミュージアムの経済学について言及する必要があろう。

 

 上記のコメントに対して、論文の修正を行い、主査の最終確認及び各審査委員との了解を得た上で博士論文最終版として提出させることにした。審査委員全員がこのような手続きを経ることを合意し、本論文が本学博士論文として妥当であると結論づけた。

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